恐怖の向こうに何がある?

 最初の劇的な波が過ぎ去り、そしてそれがやってきた。

 腰の奥のほうからゆっくりと背を這い上ってくる。

 ぞくぞくする。

 これは、これは快感だ。

 快楽の黒い蛇が全身の神経をゆっくり飲み込んでいく。

 まるで脳が蕩けそう。

 そうか、自殺と言うのは自分の命を使った至高の快楽なのだ。

 彼女はそう理解した。

 ゆっくりと刃を手首から離し大きく息を着く。

 そして気付いた、自分の顔が笑っていたのを。

 そうだ。とっても気持ち良くって楽しい。

 自殺がこんなものだとは知らなかった。

 自殺癖がある人がいると言うけれど、その人達の気持ちが判るような気がした。

 あの人達は自殺するのが楽しくって、いつも何か理由がないかと探しているのだ。

 あたしだったら理由がなくても構わないけどな。

 彼女はそう思ってから、理由も楽しみのうちなのかしらと思い直した。

 そうだとしたら自分はまだまだ未熟者なのかもしれない、自殺については。

 でも、しかし、死ぬと言う行為がこんなに気持ちがいいんなら、死んだらどうなってしまうのだろうか。

 またそこに問題は返ってきた。

 これ以上考えていてもしょーがない。

 1度やると決めたのだから、最後までいってしまおう。

 そうすれば、今までの疑問がすべて解けるのだから。

 じゃ、今度こそ。

 美雪は三度そっとカッターの刃を左手首に当てた。

 全身に疾る恐怖と快感の波を脳全体で感じ取りながら、少しずつ刃に力を込める。

 左手は机に乗せて固定してある。後は刃を引くだけだ。

 ぞくぞくしてたまらない。

 そして、美雪は思いきり刃を引いた。