「…どういうことなの、お父さん」


客人の前なこともあり、なんとか平静を保ちながら私は父に聞いた。

ただ、声色は流石に1オクターブ低くなってしまう。


「いや、その、本当の婚約ではないんだ、うん」


と父はあせって言い直した。

本当の?

もっと詳しく父に聞こうと思ったがその前に父の隣にいる男性が口をはさむ。


「私が君のお父さん、壮一さんに無理に頼んだんだよ」


私はほっとしている父からその人へと視線を変えた。


「挨拶が遅れたね、私は道条製菓という菓子メーカーの社長、道条 治典(とうじょう はるのり)」


道条製菓…ってあの大手菓子メーカーの!?と声に出しそうになったがなんとか口をつぐむ。

何故かというと私は両親に菓子は食べないよう教育されていたからだ。
まあ、学校で友達の菓子をもらって食べたりしていたのだけれど。

だから私が道条製菓を知っていると言ったなら父が不審に思うかも知れない。

けれど、どうして菓子が嫌いな父がそんな会社の社長と知り合いなんだろう。
そして何故、私をその社長の息子と婚約することを許したのだろう。

あらゆる疑問が頭の中で浮かぶ私。

社長は次は息子に挨拶するよう言った。

綺麗な顔立ちの彼は初めて口を動かす。


「この度、華乃様の婚約相手になるべく挨拶にきた道条 蛍(とうじょう けい)と申します」


言葉使いが綺麗。だからか、なんだか畏まった様に聞こえてしまう。

落ち着いた声だな。
少し、律夜の声に似ている気がする。

律夜のことを思いだし、ハッとする。

話が進む前に婚約を断らないと。


「あの」


そんな私を社長は「ああ、いいよいいよ」と止めた。


「こちらは君のことは知っているから大丈夫、挨拶しなくても」

「ち、違うんです。あの、私好きな人がいて…だから婚約は」


無理です、そう言葉を口にする前に。


「大丈夫、俺が好きにさせるから」


道条 蛍が恥ずかしげもなく、淡々とこたえた。