「行ってきます」
高校一年生の月城陽菜は母にその一言を言い玄関を出た。
「ふぁぁあああ〜〜」
なんか最近寝不足だし今日の授業も寝ちゃいそうだな。
陽菜はぼーっとしながらマンションのエレベーターを降りていく。

「よう!おはよ」
エレベーターが空いた瞬間元気のいい声が耳に入ってきた。律月だ。
「おはよー」
「ん?お前最近寝れてないのか?」
見事な図星に思わず律月を見つめる。
「やっぱりな〜、しっかり寝ないと身長ものびないぞ」
律月は意地悪そうな顔をしてへへっと笑う。
「うるさいなぁ!律月にだけは言われたくないな」
「俺だって身長伸びたわ!男子の中ではちいさい方だけど…」
律月は自分がほかの男子より少し身長が小さめだ。
結構気にしてるみたいだ。
「おもしろい。ていうか、私を待ってたの?」
「べつに!たまたま」
と言い、律月は回れ右をして歩き出した。
「まってよ」と陽菜も後に続いた。

神崎律月。私の幼馴染みで小さい頃から一緒にいることが多かった。親同士も仲が良くたまたまだが同じマンションだ。
律月は昔から元気いっぱいで子供っぽい。どちらかと言えば落ち着いているであろう性格の私には正直鬱陶しいと思うことがあった。
こんな律月だけど、あいつは色んなことによく気づくし、周りをちゃんと見ることができる。
だからだろうか、皆からも人気者。
絶対本人には言わないが、私は律月を密かに凄いと思っている。
「…うなー、陽菜、おーい。」
「はっ!」
「はっ!じゃねえよー、お前ぼーっとしすぎ。」
「ごめんごめん。」
はははっと苦笑いする。
「今日さ!一緒付き合って欲しい所あるんだけど!」
「今日?良いけど…どこ?」
「まあまあ、どこでしょー。」
にやにやと子供のような笑顔をこちらに向けてくる。
「まあ律月の行きたい場所なんかしょうもないとこか!」
「なんだよそれ!!」
ムッとした顔ですねる。なんて喜怒哀楽な顔だ。

学校に着くと、私達は1年3組へと行く。
なんと同じクラス。
「陽菜おっはよーう!!!」
明るく挨拶してきたのは南條みわ、私の小学生からの親友だ。
みわに続けて林田時音と南柚希も寄ってくる。
2人は高校からの友達だ。
みわも時音も柚希もほんとにいい子でとても仲良くしている。
「あらあら、律希くんと今日も仲良く登校ですか」
いたずらめいた言い方でみわがちゃかしてくる。
「いや別にそんな」
「はいはいはい、陽菜は素直じゃないんだからー。」
「それで?どうなの?最近は」
時音もニヤニヤして聞いてくる。
「いやいや、待ってよ。私別にそんなんじゃ!」
「でた!照れ隠し!!」
柚希が咄嗟に言う。
3人が笑い出す。私もその3人を見て笑った。
そこでチャイムが鳴り、席に戻る。
「ねえねえ、陽菜。どうなの結局。」
私と席が前後のみわは後ろからコソコソ言ってきた。
「どうなのって、何がよ」
「神崎に決まってるじゃない!」
「どうなのも何もないけど…」
みわのほっぺがぷくっとふくれた。かわいい。
「ていうか陽菜思ってたんだけど、今日も寝不足?」
急に真剣な顔に戻ってみわが聞いてくる。
みわもそうだ。私のちょっとした変化にはすぐ気づいてくれる。
「なんか分かんないけど眠れないの。」
私のその声で、先生から「こら、月城、南條。お前らはうるさい。」と注意を受け、私たちの会話は終わった。
HRが終わり、また授業が始まる前までいつものように4人で話す。
「文化祭、係なんかやるー?」
柚希が聞いてきた
「あ!!もうそんな時期なのか!!」
「先生朝言ってたじゃん笑」
「聞いてなかった聞いてなかった。」
文化祭とか体育祭の様な行事が好きな私はわくわくしてきた。
何か係やってもたのしそうだな。
「クラスでは何するんだろうね」
みわが言う。
「明日そういうの決めるらしいよ。」
「メイドカフェとか?」
時音が笑いながら言う。
「男子はどうすんのよ」
「男子もだよ!」
私達は大笑いする。
「私は陽菜のメイド姿見たいねぇ〜」
みわがにやにやと私を見つてくる。
「そんなの恥ずかしすぎて5mくらい吹っ飛びそう」
そんなしょうもない話で私達はまた笑う。

放課後になった。
正直ほぼ全部の授業を寝てた。
はぁ〜、何しに学校来たんだろ。
後悔と学校が終わったという安心で大きくため息をついた。
「陽菜!帰ろう!」
私とは反対に律月は元気いっぱいで私の背中をどんっと叩いた。
「いったいなぁ〜」
なんでこいつはいっつも元気100%なんだろう。
私達が二人で帰るということに同じクラスの男子からもいつものようにちゃかされながらもクラスを後にした。
「ほんとにどこ行くの?」
「まだ内緒〜〜」
律月の事だから、新しくできたケーキ屋さんだろうか。
あそこなら凄く行きたいとずっと思っていた。
それか、まさか昨日公開したホラー映画だろうか、私が怖いの苦手だから言ったら来ないと思って黙ってるのか。
そうだ、絶対それしかない。
その手には乗るか!そうだとしたら映画館につく前に帰ってやる。
「神崎くんばいば〜い!」
「またね明日ね!」
隣のクラスにいたような気がする女子達が律月にいう。
「おう!じゃあな!」
と神崎スマイルで返事をし、「いくぞー」と私に言う。
律月はモテるなー。何故か頭の中がぼーっとした。
そして私達は当たり障りのない話をしながら歩いた。
「お前文化祭なにやりたい?」
私と同じで行事好きな律月が聞いてくる。
「うーん、カフェとか良いよね!お茶とかケーキとか出すの!あとはねー」
私の何が面白かったのか、律月はくすっと笑った。
「お化け屋敷とか?」
「なんでよ。」
「お前、お化け役も無理なのか?」
「む、無理ではないけど別にやりたくはないかなー…」
「そうか?面白くないか?ほかの人を脅かすんだよ」
へへっと律月はイタズラっぽい顔で笑う。

やっぱりか。この角を曲がると小さな映画館がある。そうはさせるかと、律月が曲がった瞬間帰ってやると思っていた陽菜だったが、律月は曲がることなく真っすぐと歩いた。
「あれ?曲がんないの?」
「はあ?なんでだよ。」
「私を無理やりホラー映画に連れていくつもりじゃ!」「そんなことしねーわ!」
あれ。それならどこへ。と私は戸惑いながら歩く。
律月は右へ曲がり細く人通りの少ない道へ行った。
「あ。」
ここに来るということはあそこしかない。
でもどうして?
「やっと分かったか〜」
私より1歩先を進んでいた律月は満面の笑みでこちらを振り向く。
この坂を上がると、ベンチがひとつあるのだ。
そこのベンチから座って景色をみるのが私は小さい頃から好きだった。
春は桜、夏は緑いっぱいになり、秋は紅葉でオレンジに染まる。冬はそれが嘘みたいに全部散って少し悲しい感じがする。
悩みや悲しいことがあったら、私が一人でよく来た場所だ。
どうしてこんな所に律月は私を呼んだのだろう。
私達はベンチに座った。
春でもないし夏でもない今この時期の風は心地よく、とても私を落ち着かせた。
「んで、お前は何があった」
律月が突如聞いてくる。
「え…」
私は戸惑った。
「言いたくないなら無理にとは言わないけど…1人で背負うなよな」
ああ、そうか。律月には気づかれていた。
まだ誰にも言っていないのに。私も明るくしていたのに。律月はちょっとの変化でもいつも一番に私の変化に気づいてくれる。私は今までそれに何度救われただろうか。
「律月……」
「なんだよ!そんな悲しい顔すんなよな」
律月は少し慌てた。
律月がもう1度理由を聞こうとすると、陽菜は言い始めた。
「お母さん。」
少し間が空いて陽菜はこう言った。
「お母さんも仕事でお父さんの所に行かなきゃいけなくなった。」
律月は、はっと陽菜を見つめた。
「お前は?お前は着いていくの?」
真剣な顔で聞いてくる。
「迷ったんだけど、小さい頃からの場所を離れたくないし、友達も沢山いるし…」
お父さんとお母さんは洋服の大きな企業で働いている。
海外進出により、お父さんは私が小さい頃海外に行った。お父さん子だった私はずっと泣いてた。
その時もまだ小さい律月はずっとそばに居てくれた
。でも、私は……。
「なーんだそんな事か」
律月は言った。
え…そんなことって…。私はこんなに悩んでるのに。お母さんまで行っちゃうなんて寂しいのに。私の気持ちなんてわかるの?
「律月はいいじゃん、お父さんが家にいるから。」
私は咄嗟に言ってしまった言葉にすぐはっと我にかえった。なんて言うことを言ってしまったのだろう。
「あ、いや…」
律月は悲しい顔をした。いつぶりだろう。
「お前は会いに行こうと思えば親に会えるじゃん。ここに残っても南條達だって、それに俺だっているじゃん。お前のことを分かってくれる奴らが…」
そうだ、父も母も一瞬でも暇になればすぐ日本に帰って来てくれるだろう。手紙も電話もよこしてくれる。2人がそばにいなくてもみわも時音も柚希も、ほかの友達だって。それにうるさいけど私のことを一番分かってくれる馴染みもいる。
「律月!その、ごめん!私思わずあんなこと…」
私は本当に最低だ。
私の父が海外に行った少しあとに律月の母は病気で亡くなった。小さい私にでも分かる、とても温厚で優しさで溢れた母だった。律月の優しさは母からのものだろう。
私は律月に何もすることが出来なかった。
あいつはあの時私のそばに沢山いてくれたし、励ましてくれた。それなのに私は何をしただろう。
その後も私は父に会いたくなり何度か泣いた。
律月はそばに居てくれた。律月はお母さんにもう会う事が出来ないのにそれから悲しい顔は見せなくなった。
私が泣いてる時律月は思ったはずだ、「なんでお前が泣くんだよ」と。私だったら思うだろう、こっちはもう会えないんだぞって。
そんなことを考えていると自分が今までしたことがどれだけ最低か罪悪感でいっぱいになり、悔しくて悔しくて涙が溢れた。
「ちょ、ちょ、陽菜。ごめん、お前の辛さなんて知らずに俺、あんなこと言って。」
「違うの…違うの…違う」
なんで律月があやまるんだろう。私は否定することしか出来なかった。
「え?」
律月が突然手を握ってき、私はびっくりした。
「昔からお前が悲しい時こうしてた。」
律月は私の方は見らずにその一言だけ言った。
そうだ、私が泣いたら黙って手を握ってくれていた。それで私は落ち着いてた。律月がまるで私の悲しさを共有してくれていると同時に、もう大丈夫だよと言ってくれているような感覚。私はそれで不安や悲しさが少しずつ無くなっていく。
ずっと泣いてちゃだめだと思い陽菜は今出来る精一杯の笑顔で言った。
「なんか、久しぶりだね、これ。びっくりしちゃった。」
律月の顔が少し赤くなったきがした。
最後にされたのはいつだろうか。
2人とも大きくなっていき小さい頃と違ってそんなことなんてしなくなった。
久しぶりに感じた律月の温もり。私より小さかったくせに心は私よりもずっと大きくて。
今は律月の方が大きくなって、手を握った時の律月の手の大きさに驚いた。
「なんかあったら言えよな、同じマンションどころか同じ階なんだし。俺もお父さん仕事で家にいないこと多いし。」
一人暮らしというものが怖くて仕方なかったけれど、私は一気に安心に変わった。
「あの虫がでたらすぐ呼ぶからね」
「それはやめろ、俺も無理だ」
二人で笑い合う。
私の笑顔をみて律月は「もう大丈夫だな」と優しく笑って手を離し、「帰るか!」と言った。
もうちょっと繋いでおきたかったという気持ちだろうか。「えっ」と言ってしまい、自分にびっくりした。
「ん?帰んないの?」
「いや帰る帰る!」
急いで立ち上がり、何考えてんだ自分と思いながら夕日でオレンジ色に染まった律月の背中を追いかけて帰った。