見ると、これまた何を漁っているのか。今度は棒先でそこら辺を突いていた。
10分の休憩を終えて、仲間は外コートに練習場所を移す。
ついでに、何やら疑う目つきで生徒会長のすぐ横を通り過ぎながら……そこで、俺はワザとらしく咳払いをした。
世間がザワつく前に、釘を差しておくとしよう。
ノリに目配せして、俺は仲間を離れた。
「おい」
右川はピクリと反応して1度顔を上げる。だが、呼びかけたのが俺だと分かると、「あー……」と死んだような目で、また探索作業に戻った。
「何やってんだよ」
「ちょっと。探し物」
でしょうね。
右川は、その植え込みの奥の奥を狙って、手を伸ばした。どうにも届かないらしく、「うー……」と呻いて顔が歪む。「何だ?」と覗き込んだが、俺からは何も見えなかった。
そこに一陣、強い風が吹く。
その風に煽られて、右川の身体が真横に飛ばされた。
「あぶね!」と、その肩を制服ごと掴んで助け起こしてやると、
「うぐぐ。ヤバいヤバい。あとちょっとで頭にツツジが咲くとこ……」
毎度の事だが〝ありがとう〟とは聞こえまセン。
右川は俺を軽く無視して、また探し始めた。
これまた男子目線にはかなり危ない態勢で植え込みに乗っかる。
誰も〝チビの絶対領域チラ見〟なんかに、何の興味も有りまセン。
それでも、その体勢は見ていてあまり気分のいいものじゃなかった。
毎度の事だが、手伝えって言えばいいのに。
突然、右川が、「あ!」と嬉しそうな声を上げて、顔を葉っぱにまみれながら植え込みから立ち上がった。ガサガサと茂みを漁った後、すぐに意気消沈して、溜め息をつく。
「お金じゃなかった……」
バカバカしい。
犯人探しの途中で証拠が見つかった♪と聞いた方がマシである。
右川は残念そうに、ツマんだ小さな紙を、クシャクシャに丸めてポケットに突っ込んだ。
「金なんか落ちてるワケないだろ。そんなの見つけたら、自分の財布に入れちゃってるよ。つーか、おまえ会長だろ。みっともない事すんな」
「みっともない?」と、右川は反抗的な目で、「それってお金を探す事?それとも誰かが自分の財布に入れちゃう事?どっち?」
まるで、禅問答。こっちの人格を疑って、どこか試そうとする。
タチが悪い。いつもの事だが、カチンとくるのだ。
「もうこんな時間だろ。帰らなくていいのかよ」
「今日は……ちょっと放課後、原田くんに呼ばれて」
ウソくせー。
だが、その時、
「おーい。右川カズミ会長さ~ん!」
向かいの職員室の窓から英語担当の原田先生が顔を覗かせた。
「忘れてないかぁ?放課後に来いって言ったよなぁ」
ウソじゃなかった!
「ほらァ!」と、右川は渾身のドヤ顔を見せる。「あー、ハイハイ♪」と大喜びで植え込みを抜けて、原田先生に向かった。というか逃げたな。
「あれ?沢村先生。これまたいい所に」と、俺まで原田先生に見つけられて……まるで、デジャヴ。嫌な予感をヒシヒシと感じる。
「これこれ。こないだの小テスト。点数直してやったぞ」
右川はゲロゲロと喉を鳴らして小テストを受け取ると、「グッジョブ」と親指を突き出した。
横から覗きこんだら、たった14点。
どこが、グッジョブ。いかに小テストとはいえ。
「おまえ。そんなんで社会に出て行けんのかよって」
今なら吉森先生の気持ちが痛いほど分かる。恥ずかしいゼ。ホント。
吹奏楽じゃないが、生徒会に於いても成績ルールの必要性を唱えたい所だ。
先生が点数を直したと言うので、何かと見れば、元々は11点だった合計点が、14点に昇格している。これだけでも腐っているが、その3点の出所が。
〝下線部を英訳しろ〟
右川の答え〝アンダーライン〟。
「つまり〝下線部〟を英語で答えてみました♪」
ナメてやがる。
そんなフザけた答えにも関わらず、何故か答案には△が付け足され、3点がアップしているのだ。書く方も書く方なら、採点する方もする方で。
「これは原田くんの説明不足だから、あたしの落ち度だって半分だもんね」
「屁理屈だけは1人前だなぁ。まいったな」と、原田先生はアタマを掻いた。
そう言って先生を惑わし、言いくるめて3点をもぎ取ったのか。
先生は、出来の悪い生徒の往生際の悪さを咎めるかと思いきや、
「右川よぉ。一応、英語なんだから。せめて〝アンダーライン〟ぐらいはアルファベッドで書いてくれよ」
そういう問題ですかっ!
「んじゃ、先生からの進級祝い。サルでも分かる英文読解2ページ。5時までにやってこい。あ、よく見れば、双浜高のオールマイティ・沢村議長が、いい所に居るじゃないかぁ」
俺は遠慮なくソッポを向いた。
「原田くん、あたし、おサル問題やる!」
「おお!やる気になったか」
「お金ちょうだい♪」
「そりゃこっちのセリフだろ」と、さすがの原田先生も呆れている。
「じゃ、沢村議長。答えを書いてやるついでに右川にお小遣いもやってくれ」
「なんすか、それ」
俺自身の名誉のために言っておくが、今まで、解答のアドバイスを与えた事は何度もあったが、答えを書いてやった事なんて、ただの1度も……あった。あったな。確か。何度も何度も。
しかし冗談とはいえ、右川のヤツ、先生にまで金をタカるとは見境がない。
ていうか、
「おまえさ、なんでそんなに金が欲しいの」
「それは……来月アキちゃんの誕生日だから。ちょっと良い物買ってあげたいし。手持ちに上乗せっていうか。グレードアップしたかったんだけど」
やっぱ、そういう事か。
「だったらバイトしろよ」と後先考えずに言ってしまった所、「いいの?」と途端に眼をキラキラさせて、「じゃ、議長。放課後はバイトするね♪」と来た。
そうは行くかとばかりに、そこは俺ではなく原田先生が、
「右川よぉ、だったら、せめて塾に行ってくれよ」
こういう時、思うのだ。
失礼を承知で言いたくなります。あんた、先生だろ。
右川は、「課題は明日持ってきま~す」と、課題の期間延長を勝手に決めた。