夜の街。



もう時間は10時を回っているのに、人気の多いこの通り。




所々ある街灯が、赤い光を地面に照らす。






そう、真っ赤に。





赤く赤く、残酷な色で染めている。



その色はじわじわと流れ、広がっていって。




地面を、より赤くさせた。





***




「何してるの……成瀬……。」




私は硬直した体から、必死に声を絞り出す。



目の前に広がる光景が、あまりにも残酷で。




声が、震えてしまった。




「……。」






彼は、綺麗な瞳をうっすらと開け、私を見た。


そしてまた何も言わずに、目を閉じる。



私は、こんな状態なのになんで助けを呼ばないのか、意味がわからなかった。







ーーー彼は、血を大量に流しながら倒れていた。









「ちょっ、ねえ!大丈夫なの!?」





私はやっと前に足を踏み出し、成瀬のところに駆け寄る。



近づけば近づくほど、はっきりと見えてくる、傷ついた成瀬の体。




服はもうボロボロで、穴や引き裂かれたような跡があった。




所々に深い切り傷があり、そこからぼたぼたと血が流れ出している。




……この血の量は、普通じゃない。




なにか刃物で切られたような傷だけではなく、青いアザや、擦り傷もある。




……何があったんだろう。






今成瀬が倒れているのは、デパートの路地裏。




人気のある街の通りからは、そこまで距離が遠くない。




なのにも関わらず、ここは人気がとても少ない。



そのおかげで、こんなになった成瀬は誰にも発見されなかったようだ。




「きゅ、救急車!えっと、110番だっけ!?」




私は人生で一度も経験のしたことのない状況に、パニック状態になり、スマホがうまく操作できない。




足元に広がる、成瀬の血。



その範囲は、時間が流れるたびにどんどん広がっていて。





私はそれを見ると、より焦り、手がガクガクと震えだした。





「どうしよ……」




こんな状況なのに、あまりにも不甲斐ない自分に泣きそうになる。





必死に目をこすり、スマホの電源を入れようとした瞬間、バッとスマホを奪い取られた。



私はびっくりして、パッと成瀬を振り返る。



するとそこには、見たこともないような形相で私を睨みつける成瀬がいて。




私はビクッと震えた。




「……余計な…ことすん…な」




途切れ途切れの言葉で、私をギロッと見上げる。



それでも片手は、傷部を押さえていて。



体を起こしたせいで、血がより溢れ出る。



すると次の瞬間、成瀬が大きく咳き込んだ。



「ごほっっ、うっ…ぐっ……!」




成瀬は苦しそうにせきをした後、口から血を吐き出し、また地面に倒れこんだ。




「成瀬!?」




私は血だらけの地面なんかもう気にせずに、成瀬の体を抱きかかえる。




「成瀬!成瀬!しっかりしてよ!!」




私は必死に成瀬に呼びかける。







でも、もう成瀬からは返事がなくて。




長いまつ毛に縁取られた目は、閉じたままだ。




「う、嘘でしょ。死んじゃダメーー!!」






私は抱きかかえる腕に、力を込める。




どうしよう

どうしよう


どうしよう






必死に考えようとするけど、うまく頭が回らない。






このままじゃ……成瀬が死んじゃう!




そう思った瞬間、成瀬の手にあったスマホが目に入った。





……そうだ、こんなことしてる暇なんてない。




すぐに病院に連れて行かなくちゃ!



私はパッと成瀬の手からスマホを取り上げ、電話帳を開く。




そして、119番のボタンを押そうとした瞬間、ピタリと動きが止まった。






だって












成瀬が私の腕を掴んでいたから。





「なんで…………」





私は、そこまで救急車を呼ぶことに反抗する成瀬が、理解できなかった。





だって、このままじゃ成瀬が死んじゃう。






今すぐにでも、救急車を呼んで病院で手当てしてもらうべきだ。




なのに…………







成瀬はそれを拒否する。







成瀬は言葉をしぼりだすように、うちを開いた。






「俺……家……。」





とてもか細く掠れた声でつぶやいた声。



その声を出した瞬間に、掴んでいた手が力なく離れた。




俺、家……?






俺の、家、ってこと……?






ええい、もうしょうがない!





成瀬がかたくなに病院に行くのを嫌がるのは、きっと何か事情があるからだ。




病院に行けないのなら、成瀬の家に行って見るしかない。




私は自分のスマホを放り投げ、成瀬のポケットに手を突っ込む。




……あっ、あった!






私は急いで電源をつけ、電話帳を開く。




そこには家の電話番号と、何人かの連絡先のみが入っていた。








私は家の電話番号を連押し、コールをかける。





何回かなるコールの音が、じれったく感じた。





五回目くらいのコールで、「はい」と電話の向こうから声がした。





男性だろうか。



低く響く声は、威圧感を感じて、大人の男の人だとすぐに分かった。




「あの!私成瀬くんの知り合いです!」




私は一応軽く自己紹介をしてから、本題に入る。




「路地裏で倒れてる成瀬くんを見つけたんです!助けてください!!」




私はうまく回らない口を必死に動かして、電話越しの相手にうったえる。




すると、男の人は焦ることなく、「その場で待ってて。場所はどこだい?」と冷静に対応してきた。



私は今の居場所を手早く伝え、電話を一度切る。



そして、私の腕の中で苦しそうに息をしている成瀬を、地面にゆっくりと寝かせる。





出血は、腹部を中心に出ているようだ。





やっと少し冷静になってきた私は、成瀬の腹部を持っていたタオルでぎゅっと押さえ、止血しようとする。




でも出血の量はそんなタオルで収まるほど、少なくはなくて。




あっという間に真っ赤に染まったタイルを見て、私はまた焦り出す。




成瀬の家はここから何分くらいかかるのだろうか。




この状態じゃ、30分も持たないだろう。




大量に出血している傷部は、簡単に塞がってくれなくて、今でも血が一定に流れ出ている。




私は必死に応急手当てをした。





五分もすると、急に暗かった空間に黄色いライトが照らされ、大きな黒い車が私たちの目の目に止まった。






私はその車に駆け寄る。





すると車から身長の高い、黒髪の男性が出てきた。





顔は驚くほど整っていて、成瀬と雰囲気がなんとなく似ているような気がした。




私はその人に急いで状況を伝えて、成瀬の居場所を伝える。




「ありがとう。君のおかげで助かったよ。名前はなんていうの?」




男の人は、顔に似合わない優しい声で成瀬を車に運びながら訪ねてきた。






「桜井 涼那です。」




「りょうなちゃんか。今日は本当にありがとう。じゃあ、また」






男の人は成瀬を車に乗せ終わると、自分も車に乗り込んだ。




そして、軽く手を振ると車を走らせて元来た道を走って行った。





「はあああ……。」




私は安心したのか、大きなため息が口から溢れる。




そして、へなへなとその場に座り込んだ。





……なんかすごい長い時間だったような気がする。




今起きた出来事はほんの十分くらいのことだったのに、一時間の出来事だったような気がした。






……なんか凄いことに関わってしまったような気がする。






私は地面に手をついて、ゆっくりと立ち上がる。




そして周りを何となく、くるっと見渡した。




すると、私はあることに気がついた。







……この大量の血…どうすんの……?