思った通り、光希歩はスピードを緩め、次第に足を止めた。
眺める方向は、俺が毎日のように見上げたレンガ模様のベランダ。
「…もう、下向かへんねんな」
伝わっていると思ったが、光希歩は「どういうこと?」と首を傾げる。
「ほら、いっつもベランダから見下ろしてたやろ?でも、今はちゃんと見上げてる」
すると光希歩は照れくさそうに微笑んだ。
「翔琉が、私をもう一度外の世界に出してくれたんだよ。ありがとう」
面と向かってそう言われるのは慣れていない。
それは光希歩も同じようで、俺を置いてそそくさと駅へ向かって走っていった。
どこへ行くかなんて教えていないのに。
切符を買うところでようやく気がついたらしく「どこに行くの?」と聞いてきた。
「秘密。切符は三百円くらいのを買って」
いつか、光希歩が前を向けたら、行きたいと思っていたんだ。
光希歩は疑念の目を向けるも、切符を買って電車に乗り込んだ。