叶うはずのない想いだったから、毎日見つめているだけで十分だった。宮沢賢治の作品の中ではやまなしがいちばんすきなことや、家に帰ると愛猫がクッションで丸まっているのがかわいいこと。そういう、時折ホームルームでこぼれるひとつひとつを大切に集めるだけでよかった。

だけどたぶん、先生と結婚するひとは、カレーライスは甘口派なのか辛口派なのか知っていて、どうして猫の名前をわさびにしたのか知っていて、なにより、そのひとと話すときの先生は、わたしたちの先生ではないのだ。


ひとりでこの部屋を訪ねられないわたしは、この恋の結末を、ずっと知っていた。





「タイミングは予想外でしたが、祝ってもらえてうれしいです。本当にありがとう」


誰にも知られなかったこの気持ちの終わりが、こんなに幸せそうな声なことが苦しくて苦しくて痛いのに、こんな風に笑う先生を一瞬でもひとりじめできたことが、すこしだけうれしい。

うれしいことが、とても痛い。