「南里さん? 大丈夫ですか?」

「あっ、大丈夫です! 本当に。特に、何かあるわけじゃないんです」

口を開かないわたしを見かねて立ち上がった先生の椅子がギィと大きく音をたてたおかげで、内側に向いていた気持ちが先生の方へと戻る。

レンズの向こうのやさしい目に、思い出したように心臓がまた騒がしくなって、耐えきれずにシャツの襟元を見つめてしまう。


ここまで来たのだから、もう選択肢はひとつだった。


「あの、大したことじゃないんですけど、」

嘘つき。大したことのくせに。ここまで急いで訪ねてきてしまうくらいに。


「ちょっと聞きたいことがあって」

声が震える。先生がちいさく首を傾げたのが、気配でわかった。どこまでもやさしいその仕草に背中を押されて、ゆっくりと顔を上げる。目が合う。


「先生、あの」

困らせるとわかっていて、それでも聞かずにはいられなかった。気がついたら足が勝手にこの部屋に向かっていた。確かめたい、今すぐに。クラスの目立つグループの女の子たちのうわさ話。ねえねえ、さっき職員室の前通ったら聞こえちゃったんだけど、


聞いてしまったら、終わりだ。



「先生、結婚するって本当ですか」



ひかる先生、結婚するらしいよ。