「いろは、大丈夫?」


恥ずかしさのあまり、周りの声から逃げるように耳を塞いでいたから、宇野くんの声が聞こえなかった。


「いろは?」

「え?あ、はいっ!」

「気分悪い?」

「ううん、大丈夫。す、すごい人だったね」


言いながら、慌てて宇野くんから離れた。

離れた今も心臓がドキドキして苦しい。

男の子にこんな風に抱きしめられるなんて初めてだもん。


「ほ、ほらっ宇野くん、そろそろ行けそう。行こっか」

「いろは、待って」

「え?」

呼びかけに振り向いた瞬間、離れていた宇野くんの手が再び私の腕を掴んだ。

そして、宇野くんの掌に右手が包み込まれた。


「迷子防止」

「……迷子?」

「……と言って、ただいろはと手を繋ぎたかっただけ」


ニッと無邪気に笑う宇野くんの表情に、恥ずかしさとは別の擽ったい感情が沸き起こる。

宇野くんと触れ合うことで生まれてくる初めての感情が、さざなみのように押し寄せてくる。

ポッと生まれる優しくて温かい気持ち。

今まで他の誰にも感じたことのない、この感情の名前を私は知らない。

宇野くん。

どうしてキミは、私にこんな風に優しさや温もりを教えてくれるの?

あの日、あの図書館で出会えたのが他の誰かじゃなくてよかった。

宇野くんがこんな風に他の女の子に触れることを、今の私はもう考えられないよ。