放課後の誰一人いない、司書すらいない図書館。委員会活動である本の整理をしながら、ぼんやりと私は佐野について考えていた。

濃灰のフード付きのパーカーがいかにも陰気だ。
佐野が教室にいる時の印象はただそれだけだった。ここ数日で分かったのは、佐野が仲間内からはずされた、わかり易くいえばハブられた、ということだけ。
それが原因で自殺にまで追い込まれたのなら
正直余りにも精神が弱い。
私的にはそう言わざるをえないが、それだけではないらしく、佐野の自殺未遂には他にも理由がありそうだ。
そうだと言うのも私の勝手な憶測に過ぎないから断定はできないのだけど。
「由紀、ここにいたの?」
物思いにふけっていると、背後から聞き慣れた声がした。誰もいないはずだったのに、いつの間に教室に入っできたんだろう。
「だーれだ?」
振り返ろうとする前に、大きな手の平に目を覆われて視界が塞がる。遊びが好きな人だ。
こんなやつ構ったところで変人扱いされるか
私が嘲笑されるかのどちらかだというのに。
ましてや、面白い返答が得られるわけでも、
可愛いらしい返答が得られるわけでもないのに。
「だーれだって聞いてんの、答えてよ」
声が少し苛立ったようになる。早く答えないとまずい。なんとなく感じ取った私は口に出す。
「太田玲先輩です」
「それだけ?」
「先輩の期待するような返答は私にはできませんよ」
ちぇっ、つまんねえ、そんな声が聞こえたかと思うと、視界を覆っていた手のひらが消える。ほら、面白い返答は出来ない。最初から分かっていた。振り返ると、ぶちょうずらの太田先輩がいた。
太田玲先輩。バスケ部に所属している人気者の先輩。いつの頃から私にちょっかいを出してくる人物だ。人と関わるのをあまりしない私がここまで話せるのは、彼の解放的な性格おかげだろう。
「今日、部活はいいんですか?」
「今日は休み。毎週水曜は休みだよ、いったじゃん」
「すみません。興味ないので覚えてなかったです。」
「酷くね?!先輩に対して塩対応すぎ!」
そう言って笑う太田先輩の容姿はなかなか整っていて、そういう事に疎い私でも、素直にイケメンだと思う。
明るくて、しっかり者でチームメイト思い、
その上イケメンというのが、太田先輩の評判だったが、私の前では今まさに唇を尖らせ、不満げな顔する、とてもじゃないがしっかり者には見えない太田先輩がいる。
大型犬のような人だ。構わないといじける。
「で、何考えてたの?」
身長差がある私に太田先輩は少しかがみこみ視線を合わせながら話しかける。
まさか自殺未遂をしかけたクラスメイトについて考えていたとは口が裂けてもいえるはずはない。
「同級生がこの前自殺しかけたので、原因を考えていました」
言ってしまった。何やってんだ私。
手の平で口を覆うが時すでに遅し。太田先輩は目も口も大きく開けて、半ば叫んだ。
「ハァッ!?」
普通そうなりますよね、そりゃあ。
太田先輩はしばらく頭を抑えると、口を開いた。
「由紀」
「はい」
「お前の思った事すぐ言っちゃう、本音しか喋れないまっすぐなとこ、俺は好きだよ」
「はい、ありがとうございます」
「けどさ、言っていい事と言ったらまずいとこ区別つけようぜ」
「・・・すみません」
自分でも、驚くぐらい、思ったことを口にしてしまい、その上言葉に飾り気がない。要するに単刀直入にしか喋れない。
私の悪癖だ。
辞めなくてはと思い続けて早10年。未だにこの癖は治らない。
太田先輩は私を見ると、苦笑する。
「おでこ、シワよってるよ」
「すみません」
「謝らなくていいから」
それよりも、と先輩は続ける。いつになく真剣な眼差しに思わず緊張を覚え、唾を飲み込む。
「その自殺未遂したって子の事教えてくれない?」
私はその日初めて、人にあの日の出来事について話した。