生来そういう素質だったのか、人の感情を読み取る事に長けていた。
逆に自分の感情現すのは、苦手で、世間一般的にいう友人というものが出来なかった。
人からの目線というものに酷く敏感なぶん、自分に対する興味があまりなかっだのだと思うし、これからも、多分、興味が湧くことはない。
そうやって生きてきたから、だから、私は今どうしたらいいかわからなかった。
こんな場面に遭遇した事は今までなかったし
これから、先もあるかないかわからない。
ひょっとしたら、一生出会わず生きる人もいるだろう。
ともかく私は屋上にいた。
5月だった。暖かいというわけでも、暑いというわけでも、無くてぼんやりと日々を過ごすような。そんな5月だった。
柔らかな日差しが立ち入り禁止の屋上を緩やかに包み込んで、いかにも平和だった。
彼が、フェンスの向こう側に立っていなければ、その日はまた、当たり前のようにすぎて当たり前の一日だっただろう。
自殺現場に居合わせるなんて、思っても見なかった。
何か言葉をかけてあげるべきなのだろうか?
でも、ここで一人の命を救うような、崇高で優しい言葉なんかあいにく、私は持ちあわせていなかった。
先生や、誰かしら生徒を呼ぶべきなのだろうか?
そうしたいのはやまやまだが、私の足は縫い付けられたかのように、その場から、離れられない。
そうこうしているうちに、フェンスの向こう側の彼がゆっくりこちらに振り返る。
そこで、私はようやく、彼が誰だが思い立った。
佐野 京 。
京と書いてけいと読む。変わった名前の同級生。無口で物静か。でも、私と違ってちゃんと、友人と呼べる存在はいたはずだった。
どちらかといえば、自殺しそうなのは、私だと思っていたけれど、彼のその何の光も刺さない瞳が、今まさに彼が死のうとしている事を物語っている。
「‥なに?」
ああ、今話かけたのか、私に。
念のために周りを見渡すと、お昼休みの屋上には、誰もいない。
彼は相変わらず、こちらを見続けている。
という事は、私は彼に言葉を返さなくてはならない。
考えなくては。
何か、死にたく無くなる理由を。
何か、説得力のある言葉を。
「あ、あの」
正面を見据えて私は、考えて、考えて、考えた言葉を口にする。
「死ぬのは良くないと思います」
あ、しまった。これじゃない。
いつも、こうだ。
良くないと分かっていながら、あまりにも、直球な物言いしかできない。
また、やってしまった。
しかも、人の生死が関わるような場面で。
血の気が抜けて行く。もしかしたら、彼は今の一言で、死を覚悟したのかもしれない。
人が、死ぬってときに、私は何てことしてしまったんだろう。
思わず彼から目を逸らし、俯く。
やっぱり、急いで先生を呼びに行こうか、それとも、彼に近づいて無理矢理フェンスのこちら側に引きずり込んでしまおうか、
どちらにせよ、私には勇気が足りない。
そんな考えを巡らせていると、突然前方から
笑い声した。
笑い声というには小さすぎたが、それでも確かに笑い声だった。
顔を恐る恐る上げると、彼、佐野が震えていた。
怒りに、震えているのだろうか、いや、この肩の震えは笑いをこらえている震えだろう。
佐野が顔を上げる。
泣き笑いだった。
悲しいのか苦しいのか幸せなのか。
それとも全部ぐちゃぐちゃなのか。
初めて見る顔だ。
どうしたらいいか分からない私は、取り敢えずハンカチを取り出すと、佐野に近づき眼前に花柄のそれを突き出した。
「‥よ、ければどうぞ」
佐野は無言でハンカチと私を見比べると、小さく口を開いた。
「あの‥できれば顔拭く前にそっち側に戻りたいんだけど」
あ、死ぬのやめてくれるんだ。よかった。
深い安堵を覚えて、手を差し出す。
「?」
差し出された手を不思議にそうに見つめる佐野に、端的に告げる。
「戻る、のに1人じゃ戻れないと思って‥」
佐野が驚いたように、私を見てそれから、私の手のひらに、おずおずと手を伸ばした。
そういえば、人とこんなに喋った事はあまりなかった。
そもそもほとんど初対面の人に、こんな風に、話しかける事自体私には怖くてできなかった。
ましてや、偶然とはいえ自殺を止められるなんて思ってもいなかった。
人と関われない私が、ほぼ無表情で喜怒哀楽の乏しい私が。
佐野がフェンスをまたいで、こちら側に戻ってくる。
私の手を掴んで。
何故かこの佐野という同級生に、いつもは絶対に起こさないような行動をとったのだろうか。
わからない。

これが佐野京と本橋由紀の最初の出会いだった。