コーヒーは、嫌いですか?


***

結局、吉崎くんに手伝ってもらった作業は思ったよりも早く終わった。
頭はまだぐちゃぐちゃに混乱していたけど、数字の入力に集中してなんとか仕上げた。

けれど山田さんが帰ったのも、データを提出した時に佐久間課長が心配そうだったのも、その時は気付かない程に混乱を引きずっていたのは確かだ。

「ありがとう、吉崎くん」

帰り際に声をかけると、まだ帰る気配のない吉崎くんは「お疲れ」と笑いかけて手を振った。

いつも通りだった。

家に向かう道を歩きながら、考える。
彼は、本当に私を「好きだ」って言った?
時間が経てば経つほど悪い冗談か罰ゲームか何かだったんじゃないかと思えてくる。
自宅のある路地を曲がり、いつものように無意識に鍵を取り出した。
チャリ、と金属の当たる音が響く。
チャリ、チャリ、落ち着きなく鍵を手のひらでもてあそびながらドアの前まで来る。
駅からの道をテレテレ歩いていたので、いつもの倍くらいかかった気がした。
ドアに鍵を差し込み、ひねった瞬間に、鞄の中で携帯が震え出した。