ポットの前に移動すると、カタンと後ろで音がする。
たてつけが悪く、給湯室と廊下の境目を踏むと鳴る音で、誰かが休憩にでも来たのだろう。
「……」
いつまでも動く気配がないのでカップを持ったまま振り返ると、入り口の柱に吉崎くんがもたれて立っていた。
会議終わりのようで、左手でファイルを持って、器用に腕を組んでいる。
その顔は、明らかに不機嫌そのものだ。
「お疲れ様。吉崎くんもコーヒー?」
よほど会議が大変だったんだろうと思って声をかけると、吉崎くんは「ふー」と長いため息をついた。
少し俯くと、細い髪がサラリと揺れて綺麗だった。
「今、そこで山田さんにつかまった。今日、飲みに行こうだって。」
私は、何も言えなかった。
まさか、という気持ちもある。けれど、やっぱり、という気持ちのほうが大きかった。
少し混乱したが、お父さんの具合が悪い訳ではないのなら、それはそれで良いことかも知れない。
吉崎くんは、しばらく私の表情を観察していた。
「藍里さんに仕事押し付けといて何なんだって思ってたのに、当の藍里さんはこの話聞いても嫌な顔しないんだね。」
呆れてるのかと思ったが、違ったようだ。
吉崎くんは近くの棚に持っていたファイルを置いて、ゆっくりと私の目の前に立つ。



