『互いの嫌いなところを一つ言わないと出られない部屋』
 


そんな文を見て、私とミケは顔を合わせる。
ミケは、へらっと笑ってみせ、私は肩をすくめ、部屋の真ん中へと足を運ぶ。
 
私は腰を下し、毎度同じように、私の左隣にミケは腰を下ろす。
 
「……梓は、俺の嫌いなところってある?」
「え? むしろ、好きなところよりは多いけど」
 
即答だった。
そんな返答に、ミケは目をまん丸にし、すぐに喉を鳴らして笑い始める。
 
「ははっ、そっか。んじゃ、梓の方からよろしく」
「……何を言うか迷うけど」
 
ミケの嫌いなところで、ミケに言うとしたら一つ、これしかないだろう。
 
「噓くさく笑うところ」
「ははっ、言うと思った」
「次、ミケの番」
 
私がそう言うと、ミケは「うーん」と上を向いて悩む。そんなミケの姿に、私は少し首を傾げた。
 
「どうしたの? 早く言ってよ」
「いやー、梓の嫌いなところって、思いつかないなーと」
「え、嘘」
「嘘じゃないって。ほんとに。俺、梓の嫌いなところ、思いつかないかも」
 
ミケの言葉に、私は目をまん丸にして、ぽかんと口を開けていた。
 
私の嫌いなところがない? 
そんなバカな。

ミケに対して、良いことをした覚えがない。愛想をよくしたこともない。
「なーんでだろーなー」なんて、ケラケラと笑いながら言うミケ。
「……ミケが答えをださないと、この部屋から出られないんだけど」
「そーだなー」
呑気に笑いながら言うミケに、私は少しムッとする。

「梓はさ、なんでそんなにこの部屋からでたいの?」

ミケの質問に、私は目を丸くした。

その疑問は、私の中では、私にとっても、ミケにとっても触れて欲しくないものだと思っていたからだ。それを聞いてしまったら、自分も答えなくてはいけなくなる、ということがわかっていた。だから、私もミケも聞かないとばかり思っていた。
 
「……答えたくない。ミケが答えるんなら、私も答える」
「ははっ、梓はせこい言い方するなー。……俺が、このままずっと、ずっとこの部屋にいたいって言ったら、どうする?」
 
自分の心臓が大きく音をたてた気がした。
 
思わぬ言葉に、私は体が固まる。
目を合わせるミケの瞳は、真っすぐで、冗談なんか言っているようには見えない。
 
「……っ」
 
私もずっと一緒にいたい。
……そう言ったら、ミケはどんな顔をするのだろう。

嬉しそうに笑うだろうか。いや、違うな。
 
冗談を言っているようには見えない、ミケの瞳。
けど、その瞳は、語っていた。

半分本気で、半分本心じゃないということを。
 
「……ミケ、全部本心にしてから言って」
 
私がそう言うと、ミケは苦笑いを零し、「ごめん」と一言。
そして、ミケは「あ!」と、何か思いついたように声をあげた。
 
「見つけた、梓の嫌いなところ」
「え……?」

ミケは、満面の仮面を見せてこう言った。
 
「梓が人間なところ」
 

ミケがそう言った瞬間、扉の開く音が聞こえた。