「ミケは、ずるいよ」
「……また急に、どうした?」
「ミケ、私は……ミケがすごいと思う」
 
私は、慎重に、言葉を選ぶ。
 
「……ははっ、どーした、梓。喜ばせて泣かせる作戦?」
「違うよ、真剣に言ってる」
 
ミケを、真っすぐと見つめる。

そんな私に、少し驚いたのか、ミケの仮面は少しはがれる。
 

笑わせてたまるか。
はぐらかすなんて、させない。
 

「……梓って、泣くの? 梓が泣くの、想像できないなー」
 
逃がしてたまるか。
 
「私は……ミケに、なりたい」
 
「え?」
優しく、床に置かれたミケの手に触れる。
 
「なんでも笑ってかわして、自分を守る、そんなミケに……私はなりたいの」
「……随分、変わってるよ、それ」
「ミケ、自分が言った言葉、覚えてる?」
首を傾げるミケに、私は口元を上げる。



「『生き物はなぜか、好きなものになりたがる』」



私の言葉に、ミケは目を見開いた。
 
「ミケは持論だって、忘れろって言ったけど、今ならわかるよ。私も、そう思う。私は、ミケになりたいの。……ミケが、好きだよ」
 
ミケは唇をギュッと、閉じる。視線を下に向けるミケに、私は言葉を続ける。
 
「前に、ミケがダンクシュートを決めたことがあったでしょう? そのとき、本当に……すごいと思った。私には、絶対にできないことだと思ったから。ミケは、私にないものをいっぱい持ってる」
「そんなことない」
 
ミケの声が、少しだけ震えている気がした。
 
「……そうかも、ね。ミケも私と同じくらいか、私以上に嘘つくし。でも、私は、ミケが魅力的な人だと思うから」
 
私はそっと、手を伸ばす。優しく、優しく、壊れ物を扱うように、ミケの頭に触れた。
「ねえ、ミケ、何が怖いの? 何に怯えてるの?」
「……っ」
「ミケ」
 
ミケは、下を向いたまま、静かに言葉を発した。
 
「……あと、23部屋」
「え?」
「この部屋を抜けて、あと23部屋で梓とはお別れだ」
「うん、そう……だね」
 
何が言いたいんだろう。私は、少し首を傾げる。
 
「……梓は……23部屋は、長いと思う? それとも、短いと思う?」
 
ミケの言葉に、私の瞳が、心臓が、震えた気がした。
 
「……梓と、別れるのが怖い。自分が……この部屋にいられなくなるのが、自分が……変わるのが、怖い」
 
目頭が、熱くなるのを感じた。
 

変わりたくない……ミケも、そう思っていたのだろうか。
 

ミケ。ミケ。ミケ。


私は、何度も心の中で、ミケの名前を呼ぶ。
 
ミケは、そっと、私の頭の後部に手を添える。
そして、そのまま自分の胸へと引き寄せ、私を包むように抱きしめた。

少しだけ震えた腕で、まるで、私の存在を確かめるかのように。
 

浮かれていた。


当たり前だと思っていた。
心のどこかで、続くと思っていた。

変わらないと、このままミケと居られるのだと。
 
だけど、確かに書かれていた。
あと部屋は25部屋だと。

ミケと私は別れると。
 
あっという間だった。

今までの25部屋、あっという間だった。
その『あっという間』が、もう始まっている。
 

そう思った瞬間、私の瞳から一筋の涙が流れる。
 

扉が開く音がきこえた。
でも、私は、しがみつくように、ミケの服をギュッと、強く握った。
 
そして、強く思う。
ミケが好きだ。




私はまだ、まだ……ミケと、一緒にいたい。