「梓、どうした?」
 

私……随分、笑ってないんだなあ。
 
思い返せば返すほど、声を出して笑ったのが遠く昔のことだ。
そう思っていると、肩に手が置かれ、体がビクッと跳ねる。
 
「梓、さっきからぼーっとして、どうした?」
「……ああ、いや、考え事。ごめん」
「考え事?」
「……私、最後に笑ったの小学生とかだなって」
「小学生?! そんな笑ってないの?!」
 
ミケは、そう声を上げて、目をまん丸にさせた。そんなミケの顔が、私は心地悪く、思わず視線を逸らす。
 
「ちなみに、小学校の時は、どういう時に笑ったの?」
「……友達と、遊んでて」
 
声が震えた。そんな私の言葉に、ミケは「ははっ、かーわいー」なんて言って笑う。
何となく、『褒められて笑っていた』というのが少し恥ずかしくなって、ミケには言えなかった。
「ミケは……どういう時に笑うの?」
「俺? いつも笑ってんじゃん」
「……」
 
思わず、私は言葉を詰まらせる。
ミケの笑顔は本当の笑顔じゃないじゃないか。そう言おうか迷った。けど、言ったところで、流されるだけだろう。
 
「……んー、まあ、一番笑う時は、頭を撫でられるときかなあ」
「え?」
 
ミケの言葉に、思わず私は目を丸くして、ミケの方に顔を向けた。
 
「こうさ、自分の頭に人の手が乗るのってすごい気持ち良くて。なんでかわかんないけど、すっげー嬉しくてさ、幸せな気分になって、自然と笑う」
「……」
 
私と、同じだ。そのことが、無性に、目頭が熱くなるほど、嬉しく思ってしまった。感動してしまったのだ。涙が出てきそうになり、私はとっさに下を向く。グッと、涙を堪え、ゆっくりと深呼吸をした。すると、隣から「梓」と、肩に手が触れられる。私は顔を上げ、触れられた方へと視線を移した。すると、そこには、両手で両頬を引っ張って、変な顔をしているミケの顔。
 
「どょうじゃー」
 
全くもって、なんて言っているのかわからない。
ミケは次々に、頬を押したり、両頬を上下へと動かして、目を左右に動かしたりと、顔を変えていく。
 
しばらくして、「いてて」と、ミケは両頬から手を離す。
 
「んーだめかー」と、顔を上へと上げるミケ。
「……だめ」
「え?」
 
ミケが顔をこちらにむけた瞬間、私は耐えられず声をだした。
 
「ははっ、おっかしな顔っ! あっははは!」
 
ミケが、目をまん丸にしていて、驚いているのがわかる。
けど、私は耐えられず、声を出して笑った。


お腹に手をあて、体を床へと倒し、身を曲げたり伸ばしたり、とにかく笑った。
 

「梓」と、そんな私に、ミケは両頬を両手で伸ばした顔を見せた。
「ぷっ。あっはははは!」
 
そんなミケの顔に、私はさらに大笑い。
そして、そんな私を見て、ミケも「ぷっ、ははっ」と笑い始めた。
ミケも、笑い出したら止まらず、二人してとにかく笑っていた。

扉が開く音にも気づかないほど、とにかく、本当にとにかく、笑った。
 
久しぶりすぎた。こんなに笑ったのが。もう二度と、こんなに笑うことはないと思っていた。声をだして、お腹がねじれるかと思うくらいに笑うなんて。

不思議だ。本当に不思議な部屋だ。

本当に……不思議な、不思議な人だ。
 
「可愛い」
「え?」
 
やっと笑いが収まれば、ミケは優しい声でそう言った。
 
「俺、梓の笑った顔、可愛いくて好きだな」
 
そう言って、ミケは優しく……私の頭に手を乗せ、壊れ物に触れるように撫でた。
その瞬間、自分の瞳が大きく開くのを感じた。

そして、目頭が熱くなるのも。
 
不思議だ、本当に不思議だ。
 
ミケの手は、親とは少し違う手で。
少しゴツゴツとしていたけど、温もりと優しさは親とは変わらない。

そして、心地よさも。私は、自然と目を細め、そっと笑みがこぼれる。

私は、感じた。





ミケの手が、優しく……私の心に触れたのを。