『互いが笑わないと出られない部屋』
 


そんな文字を見て、ミケは「またこりゃ、難題だな」なんてつぶやき、私に視線を移す。
 
「一応きくけど、梓って笑うの?」
「……笑わない人間っているの?」
「えっ、それ梓が言う?」
 
ほんと失礼な奴だ。
 
そう思ったが、言い返せず、私は無言で部屋の真ん中に腰をおろした。
 
「んー笑わす方法ねーうーん」
 
そう上を見上げながら言うミケ。私も同じように少し上を向いて考える。
 

今まで……私は、いつ笑っていただろうか。
 

すぐに思い出したのは、まだ私が小学生の頃の記憶だった。

たしか、まだ二年生か、三年生だっただろうか。
全国模試のテストで初めて一教科だけ満点をとり、順位も一桁と、先生に褒められる結果を取ったのだ。

その結果を親に見せたら、親はこれでもかというくらいに褒めてくれた。
その日は、やけに豪華な夕飯で、いつもより少し大きめのホールケーキ。そして、何度も何度も、褒めながら頭を撫でてもらった。

それが、なぜか私はとても、すごくとても、嬉しくて。

今まで、褒められたことがなかったわけじゃない。
でも、自分の頭に触れる、あの優しくて大きな親の手が、とてつもなく特別に思えて。

もう一度、もう一度褒められたい。

私は、その一心でとにかく勉強をした。

友達との遊びも全て断って。昼休みも、放課後も、休日も、とにかく勉強した。

その努力は、すぐに結果になった。学校のテストでは、満点以外はとらなかった。
親はすごく褒めてくれて、私も一番幸せで、笑っていた。

でも、三者面談なんかをしたときに言われる言葉は同じ内容のものばかりだった。
 
『お子さんは、すごく勉強はできるんですけど、友達と関わるのが少し苦手みたいで』
 
通知表に書かれる言葉はいつも決まっていた。
 
『もう少し友達と仲良くしましょう』
 
そして……満点のテストを親に見せると、同じ言葉が返ってくるようになった。
 
『勉強も良いけど、もう少しお友達と仲良くしたら?』
 
褒めてもらえない。いくら満点をとっても褒めてくれなくなってしまった。
周りが言うように、友達と遊ぼうと思った。

でも、仲良かった友達に声をかければ、誰も私とは遊んでくれなかった。
 
今、思う。

私は、勉強ができるようになったことと引き換えに、大切なものを失ってしまったのだと。
 

年を重ねて、私は勉強以外も大切だと気づき、それ以外に精一杯目を向けた。

だけど、いくら友達と仲良くしたって、私の頭の上に優しく大きな手が乗っかることはなかった。

そう思うと、段々と友達の前で笑えなくなっていた。
友達も、何となく察したのだろう。

気づけば、友達は私の元から離れていき、私はいつだって一人になっていた。

それから、私は一人で勉強する日々へと戻って。







そして、気づけば……私は、笑わなくなっていた。