扉に綴られた文字を見た瞬間、私は自分の表情が引きつるのを感じた。
 

『片方を怒らせないと出られない部屋』
 

その文字を読み、私の口からはため息が零れた。
ミケは、そんな私を見て肩をすくめ、部屋の真ん中に腰を下ろす。私も、ミケの右隣に腰を下ろした。
 
「梓、怒らせていーの?」
「……そんなことできるの?」
「人間なんだし、怒らないなんてことないでしょ」
 
ミケの言葉に、私は顎に指を当て少し考える。
 
私、怒った事あったっけ……?
 
記憶を探る限り、ない。よくよく考えれば、元々怒るような相手もいなかったのだ。怒った事があるわけがない。
 
「……もしかしてないの?」
「ない」
 
私がそう言うと、ミケは少し悲しそうな顔を一瞬見せ、すぐにいつもの笑顔を向けた。
「じゃあ、余計怒らせてみたいね」
「ミケは、いい性格してる」
「ははっ。梓はほんっと、ぶっさいくな性格してるよねー」
 
ミケは、いやみったらしい笑顔を浮かべながらそう言った。
「なんか思うことないの?」
 
そして、目を細めて見下すように、私にそう問う。
もしかして、こんな言葉で私が怒るとでも思っているのだろうか。
 
「性格に対して、ぶさいくって言葉はふさわしくないと思う」
「え、一番に思ったのそれ?」
「うん」
「……」
 
はっきりとそう答えれば、ミケは顔を引きつらせる。
そして、小さくため息をついて、そっぽを向いてしまった。
その瞬間、扉が開く音がきこえた。
その音に、私は思わず目を丸くする。
 
「……もしかしてミケ、」
 

「怒ったの?」と聞こうとすると、ミケは遮るように立ち上がり、「先に進もう」と促した。

少し前を歩くミケの姿に、私は目を見張った。



私の前を歩く背中が大きくて、そして、それが可愛く見えてしまうくらいに、耳が真っ赤だったから。