一難去ってまた一難、というのはこのことを言うのだろうか。



次の部屋にきて、私とミケは部屋の真ん中で座り込んでいる。
私はちらりと、扉のスクリーンに綴られた文字を見る。
 

『片方の嘘を見破らないと出られない部屋』
 

その文を見て、私は小さくため息をついた。
 
二つ前の部屋でも思ったけど、嘘というのは言われてつくものではないだろう。加えて、言われて見破るものでもないだろう。それに、これでは私ら二人が嘘をついている、という前提がもう決まっている。
 
「梓、どうする?」
「……え?」
「え、じゃないって。嘘、どっちの見破る?」
 
私は、少し視線を逸らして考える。 
正直、ミケの嘘を見破るなんて、自信はない。けど、ミケに私の嘘を見破ってもらう、というのは気分が良くない。
 

それに、ミケの嘘には少し興味がある。
 

「悪いけど、私が見破っても良い?」
「どーぞ? 見破れるものなら」
 
……正直、ミケの嘘は一つだけ、すぐに思いついていた。
 
「ん?」そう首を傾げ、目を細め、口元をあげて、そんな笑みを見せているミケ。
 
……そう、この笑顔だ。
 
私が唯一、絶対に自信をもって言える、ミケの嘘。
この笑顔が、ミケを隠すための仮面。嘘にまみれた仮面だ。この仮面を取らないと、本当のミケの表情は見れない。……そう、全部わかっている。だけど、私の中には、どうしても生まれることがなかった。

ミケの本当の表情が見たい、という気持ちが。

その気持ちが生まれなければ、ミケの嘘がわかっていても、なぜその嘘をついているのか、なんてわかりっこない。

全部、わかっている。
 
「……ヒント」
「え?」
「ミケの嘘のヒント、ちょうだい」
「……いいよ」
 
ミケはそう優しく笑って、「そうだなー」なんて上を向きながら考える。そして、何を言うのか決まったのか、もう一度私の方に仮面を向ける。

「梓に言った事」
「わたしに……?」
「そう。梓に言った事ほとんどに、俺の嘘があるよ」
 
ミケの言葉に、私は精一杯、ミケに言われた言葉を思い出す。しかし、いまいち、パッと出てこない。

ミケに言われた言葉……言われた言葉、ことば、コトバ。

考える度に頭にでてくるのは、ミケの笑顔だった。
私、ミケの仮面しか見てないんだな。そう思うことしかできなかった。
 
「……今がさ」
「え?」
「今がさっきの部屋だったら、俺が当てられるのになーって」
 
ミケの突然の言葉に、私は首を傾げることしかできなかった。
そんな私を見て、ミケはクスリと笑う。
 
「梓、今俺のこと考えてるでしょ」
 
そう、ミケはさっきの部屋で私が言った事と同じことを言った。
優しい笑顔の仮面をつけて。
その顔に、私の記憶からミケの二つの言葉が、思い浮かんだ。
 

『俺は梓のことすごい魅力のある、おもしろい人だと思うから』
『女の子は、梓みたいな子が好きだな』
 

言葉を思い出したとき、私の手には自然と力が入っていた。
そして小さく、「ミケ」と、自分でも驚くほど情けない声が出た。
 

「……ミケは、私のこと、どうでもいいんでしょう?」

 
私がそう言うと、ききたくて……ききたくなかった扉の音が、耳へと響く。
 
「ミケは、私のことを魅力のあるおもしろい人だと言った。私みたいな人が好きだと、そう言ったよね。でも、そんなの嘘だったんでしょ? だって、その言葉を言うときのミケはいつも……笑ってた」
 
驚いた。こんな言葉、簡単に言えると思っていたのに、自分の唇は微かに震えていた。
ミケは……何か、言う事がないのだろうか。
 
「……扉が開いたのが、答えだよ」
「……ごめん。気づかない私がバカだった」
「梓が謝る事じゃない」






そう、ミケは優しい仮面を見せた。