第4話 個性と捉えられるか

どうして教師ってやつはこうも変人が多いのだろうか。
さっきの物理の時間もそうだ。
ロッカーに教科書を取りに行っても宜しいでしょうかと聞く。初めは駄目だと言ったくせに、笑顔が素晴らしいから取りに行って良しと僕の背を叩く。

全くもって意味不明である。

ただ恥ずかしさを誤魔化すために笑ったはずなのに、それが更に恥ずかしい出来事を招いてしまった。

そして現在授業中の化学の先生に至っては、テニス部員は贔屓してやってんだぞと、堂々と発言してしまった。いくら顧問と言えど一歩間違えれば大問題である……のだが、僕は一応その部員の一人なので何も文句は言わないことにした。

……僕がまだ部員として見られているのであればいいけどね。

とにかく、その他にも女子生徒にばかりお菓子を奢る専門科目の先生から全く表情を崩さない体育教師までとにかく変わり者が多い。

「なーんで僕たちの学校の先生はこんなにヤバめなのが多いのかなー」

廊下から一番離れてかつ教卓から最も遠い席に座る原西に後頭部を向けながら話しかけた。

「ほとんどの授業で寝てるお前もヤバイけどな」

「いや、今の授業は結構起きてたと思うよ?」

「見てたけど、最初と最後だけだったぞ」

原西に後頭部を向けて話しかける僕に、酒井が後頭部を僕に向けて話しかけた。
話し相手に顔を向けているのが原西だけという不思議な状況が生まれる。

「なんで前に座ってる奴が後ろの席に座る人間を観察してるんだ。怖いわ」

そんな会話をしていると担任の先生が教科書を小脇に抱えて登場した。
三年の工業科目の授業を終えて来たところなのだろう。

そう。この学校は社会進出に力を入れた、次世代を担う人材を育む工業の専門学校なのだ。といえば聞こえはいいが、特に学力基準は高いわけでない。普通校を諦めてここに入った生徒や勉強が面倒でコースによっては週6時間もある実技を目的に入学する生徒がほとんどなのだ。

僕もその一人である。
中学の時に彼女と一緒に頭1つ上の普通校に進学しようとしていた。しかし当時爆発的に人気を集めたタコゲームに没頭してしまい、勉強などほとんどしていなかった。そのため成績は伸びず塾の先生にも呆れられ当然の事ながら志望校を下げる羽目になった。

当時は、

「授業が少ない学校なんてめちゃくちゃいいじゃん」

などと言っていた。

あの頃の自分を叱咤してやりたい。
今では後悔してもしきれない。

僕には夢ができた。
その夢は担任以外誰にも言っていない。

「元利周辺はやく掃除にいけよー」

「はーい」

担任の顔を見る度に真夏の二者面談を思い出す。

悪い思い出というのはいつまでも纏わりついてくる。
その人の顔を見る度に呼び起こされてしまう。

「早くしないと掃除始まっちゃうよ」

「はいはい、あれ?酒井は?」

「あいつならもう掃除に行ったよ」

机を見ると既に椅子が上げられており、ゴミ袋と大きめのボックス型リュックサックを全開にした、通称酒井スペースがいつの間にか片付けられていた。

「机くらい下げていけよなー」

と愚痴を漏らしつつも自分がとろいのが悪いんだろと反省する。

「お前が遅いのが悪いだろ!」

先生が一々ツッコミを入れてくる。

「知ってますよ」

「じゃあ酒井の分も送ってな」

人使いが荒い。

「そうそう」

と思い出したように先生は原西に顔を向ける。

「明日の7限は修学旅行の部屋割りについてだから智樹に言っておいてくれ。司会進行は級長に任せるからって」

「智樹なら張り切ってやってくれると思います」

「じゃあよろしく頼むよ」

そう言って原西は僕の腕を引っ張って掃除場所へと向かった。

歩を進めながら僕は先程の発言に今さら突っ込みを入れる。

「智樹が喜んで引き受けるわけないだろ、文句の一つや二つ言われるぞ」

「んなもん知らないよ。先生の頼みなら笑顔で引き受けないと」

「他人事だな」

「他人事だもの」

僕と原西が目的地とする正面玄関を目の前に、わざわざ左へターンする。

「いたぞ」

玄関から入って右手にすぐあるトイレが智樹の掃除場なのだ。
智樹とその班員達は既に掃除を開始していた。担当の先生はいないみたいなので、ずけずけとトイレに入る。

智樹はすぐにこちらに気付き、何の用だと眉間に皺を寄せた。

「掃除中に悪いな。先生が明日の修学旅行の部屋割り決めは級長が司会進行しろってさ」

智樹は無言でさらに皺を寄せる。

「眉間に紋章刻まれるぞ」

と笑えないジョークを原西がかます。

はっきり分かるツーブロックにこんな紋章が刻まれた顔だ。他人が見たらどこぞの組の輩かと恐怖で震えるだろう。

僕なら漏らすな。

「ちゃんと伝えたからな。騒がしくなるのは承知の上だろうけどまあ頑張ってくれや」

智樹はそのセリフを聞いて何を思ったのか、紋章はそのままに眼球を中央に寄せてきた。

「これで鼻が長かったら天狗だね」

僕が軽いツッコミを入れると後からクスクスと笑う女子生徒の声がした。

心の中でガッツポーズを決める。

「よし、元利と掃除があるからもう行くな。他の班員ももう始めてるだろうし」

再び来た道を戻り、玄関前まで来たところで後ろを振り向くとまだ天狗の顔をしてこっちを見ていた。

怖いので見なかったことにした。