杏奈とは幼馴染みだ。
 
 
 昔は今よりも気が弱くて、女の子らしい性格だったものだから、近所の男の子達にいじめられていた彼を、いつも彼女が助けてくれた。
 
 二人で帰る途中で寄り道した公園で、黙り込んだまま泣き止まない慧を見て、近くにあった砂場で固めたケーキを彼にプレゼントしてくれた。その頃から二人でここでよくお菓子を作るようになった。
 
 
 
 杏奈は、可愛らしくて、思いやりのある娘だった。
 だから彼女の周りには、たくさんの人が集まるようになった。それでも杏奈は、周りから冷やかされる彼を見捨てるような真似はしなかった。とても心優しい自慢の幼馴染みだ。
 
 
 杏奈が大好きなお菓子作りを、いつも彼女の隣で一緒にやりながら、二人きりの楽しい時間を過ごすことがほとんどだった。
 
 いつか二人でお店を出そう、と杏奈が高校を出て専門学校に通うことを決意すると、彼もそれに頷いた。自分の夢に憧れを抱く杏奈の笑顔は、甘いお菓子より彼を魅了させた。
 
 
 
 二人で高校を卒業して、その春に二人でパティシエの専門学校に入った。
 けれど、彼は別にお菓子を作りたかったわけじゃない。
 
 
 ずっと杏奈の隣にいられるなら、それでよかったと思っていた。
 
 この気持ちはきっと恋なのだと思った。
 
 

 
 
 しかし、この気持ちを直接彼女に伝えることはできなかった。
 
 可愛い杏奈は、みんなから愛された。
 専門学校の男達からも評判だ。執拗に口説こうとする輩もいた。そんな奴に彼は何度も鬱陶しい目で睨まれた。
 
 周りから気味悪がられるこんな変質な自分が、当たり前のように彼女の隣にいられるわけがない。
 
 
 
 自立して彼女に相応しくなれるように、そして一人の男として彼女の隣に立てるよう彼は違う道を歩んだ。
 彼女から遠く離れた世界で、昔の自分を殺して、華々しい道で栄光を手にした。
 
 
 自信はついたが、杏奈がいない生活はつまらない。
 見かけばかり着飾るだけの日々は、徐々に積み重なる苦痛に耐えられなくなった。見栄とプライドのぶつかり合い。権力者の横暴な権力行使。モデルはお偉いさん達のお人形扱い。くだらない。
 
 そうしてある日突然限界が来た。プツリと人形の糸が切れたように、それは衝動的なものだった。どうでもよくなった。あの娘は元気にしているだろうか?
 
 
 しばらく顔も見なくなっていた。大好きな人の顔。ふと会いたい気持ちが湧いてきた。
 
 
 
 ステージの上に立つ衣装を身に纏ったまま、彼は一人、花の都を飛び出した。