二人の時間が、あとどれくらい残されているのかは彼らにもわからない。
 
 だから、今の杏奈に伝えられることがある。
 傍にいられるうちに言っておかなければ、きっと死ぬまで後悔する。
 
 
 
 
「あなたがそんなに一人で思い詰めていたこと、気づいてあげられなかった。杏奈はいつも私を守ってくれたから。あなたが弱っているとこ、初めて見た」
 
 
 今まで杏奈は、彼を守ってくれる存在だった。それは彼を守る壁のような存在だった。
 けれどもう、そんなものには縛られない。
 彼女に会えない時間の中で、感じることだってあった。変わらない人間がいなければ、変えられない人間だっていない。
 
 
「お互い、もう子供じゃないもの。今度は私に、あなたを守らせて」
 
 
 
 この世界は残酷かもしれないけれど、こんな世界であなたに逢えた。こんな世界だからこそ、守りたいと思った。あの娘を守りたい。
 
 あなたが作る甘いお菓子も、あなたの宝物も、何より大事な幼馴染みを。
 
 
 
「やっと見つけたの。私にできることを」
 
 
 
 
 あなたという人が、私の世界にいてくれてよかった。あなたに出逢えてよかった。
 
 だからこれからは、恩返しがしたいの。
 限られた二人の時間の中で、今のあなたのために精一杯できることがきっとある。この手に握る手がヨボヨボに老いていくまで、目を逸らさずに見届ける。
 
 その娘の目には、彼の前で初めて流す涙が浮かんでいた。
 
 
 
「ずっと杏奈の傍にいること。これからも二人で――――」
 
 
 
 
 
 
 遠くでひぐらしの鳴く音が、いつまでも響き渡っていた。