「半年くらい前かな……専門学校を卒業して、これから自分のお店を出そうっていろいろ準備してた矢先に倒れちゃったの」
 
 
 最初は小さな違和感だった。疲れやすくなったり、ぶつけたところがなかなか治らなかったり。ゆっくり時間をかけて、彼女の身体を徐々に蝕んだ。意識を失ったのは、突然のことだった。
 見慣れない病院のベッドの上で目を覚ました時、今までの世界が急に変わってしまったような気がした。
 
 
 
「病院で目が覚めたら、両親がなんか深刻そうにしてて。優しそうなお医者さんに言われたの。――――白血病だってさ」
 
 
 信じ難いその病名を、杏奈は顔色も変えずに話した。いつも通りの杏奈で、唯一の幼馴染みと日常会話をする彼女と何も変わらないように見えた。
 しかしその身体は、確実に病魔に冒されているのだ。病室の電子音が、刻一刻とそれを鼓膜に刻む。
 
 
 
「白血病って、血液の癌なんだって。血液の細胞がだんだんと壊されて、生きられなくなる。私ももうすぐ死んじゃうのかな」
 
 その声色は思いのほか自分の身に襲いかかる病魔を悲観してはいなかった。
 少しも彼の前では自分の弱い部分を見せない杏奈のことが、慧は気がかりだった。昔から杏奈は弱音を吐かない娘だった。慧の前では、特に気丈に振る舞う。
 
 そんな杏奈に、一体どんな言葉をかけてやればいいのかわからなくなった。
 
 
「……どうして、すぐに治療を受けなかったの?」
 
「成人した人の生存率は、50%もないんだって。大人になるにつれて、どんどん下がっていく。一度治っても再発する可能性がある。半年前に病気が見つかった時は、長生きはできないかもしれないって言われたの」
 
 
 きっとこの半年間、彼女なりに病気と向き合ってきたことがわかる。彼女が慧に打ち明ける言葉のひとつひとつが、重くのしかかる。
 
 
 
「親にも、治療に専念することを言われたよ。だけど、抗癌剤治療とか、治すには時間がかかるんだって。いつ治るかもわからないのに、治らないかもしれないのに、そんな時間私にはない。あのお店は、どうなってしまうの? ここでやめたら、今までがんばってきたことは何だったの……?」
 
 
 あのお店は、杏奈の夢だった。
 幼馴染みだから、それくらい知っていた。いつも自分の夢を楽しそうに語る杏奈を見てきた。一度も自分の夢を見失うことなんてなかった杏奈に、神様はあまりにも冷たい。
 
 どうして病気はこの娘を選んだの?
 
 
 今まで以上に、二人の時間がゆっくり流れるのを感じた。
 
 
 
 
「あんた……」
 
「慧には、わからないよ。嫌なことからいつも逃げてばかりで、ちゃんと向き合ってこなかった慧には」
 
 
 
 言葉を絞り出そうとする幼馴染みを、思わず突き放した。
 怖くなってしまった。死んだらすべてを失うことはわかっているのに。いつまでも彼を守るカッコいい幼馴染みでいたかった。
 
 自分のちっぽけなプライドが、幼馴染みを傷つける。彼に悲しい顔をさせてしまう。酷いことを言ってしまったのはわかっているのに、暗闇の中では足元さえ見えなくなる。