翌日になると、慧は再びあの店の扉の前にいた。塗装されたばかりの真新しい木目が、彼の視界を塞ぐ。
 なかなか起きてこなかったあの男のことは知らない。勝手にシャワーを借りて、さっさと彼のマンションを後にしてきた。
 
 しかし、昨日の今日でこれでいいのか。
 杏奈はまだ会いたくないと思っているかもしれない。あんなに拒絶されたのに、都合がいいのかもしれない。
 思えば、自分はあの男にまんまと唆された。あのちゃらんぽらんな茶髪の言葉を素直に信じてよかったんだろうか。ここまで勢いだけで来てしまった。
 
 今度こそ杏奈の口から、拒絶されてしまうかもしれない。
 
 今更臆病になってどうするというんだ。
 けれど杏奈のいない世界なんて、彼には考えられない。
 
 
 あの娘だけが、ありのままの慧を受け入れてくれた。壁をよじ登って迎えに来てくれた。
 
 
 
 扉にそっと手を添えた。この先に杏奈がいる。
 
 グッと扉を押し開けようとしたところで、屋内からガラガラと機材が倒れる音がした。顔を上げると慧は迷わず扉を押し開けて中に押し入った。
 
 外から聞こえてきた音は収まり、部屋はしんと静まり返っている。
 
 
 
「杏奈――!?」
 
 
 機材が倒れている部屋の片隅で、死角に倒れている杏奈を見つけた。ヒールの音を響かせながら、すぐに彼女のもとへ駆け寄る。
 
 杏奈、恐る恐る声をかけるが、返事はなかった。倒れた際に頭を打ったようで、出血している。辛うじて意識はまだあるようで、うなされる声がか細く聞こえた。
 
 
「何よ、これ……」
 
 しかし、彼が見たものは、それだけではなかった。慧は大きく息を呑んだ。
 
 右腕にかけて、身体中にある青あざ。そしてとめどなく溢れ出る真っ赤な鮮血。浅くなる呼吸。
 
 
 何度も何度も、あの娘の名前を叫ぶ。何度も。
 
 どうして杏奈は目を開けてくれないの?
 
 
 
 
 
 これから起こることが、全部悪い夢であればよかったのに。