「他の女に触ってきた手で気安く触らないでって言ったの」


滲む涙を堪えて、藤堂先生にそう言い捨てると逃げるように自分の部屋に入っていった。


「あ、おい! 朝比奈!」


藤堂先生の呼び止める声は玄関が閉まる音で打ち消された。

あぁもう最悪だ、私。

仕事のミスで落ち込んでいたことも、藤堂先生が麗香さんといたことも、全てがショックでイラついて……。こんなの八つ当たりだ。

玄関でしゃがみこんで髪をグシャグシャにする。下を向くと涙がボロボロと溢れてきた。
泣いてばかりだ。こんなに弱かったっけ? 藤堂先生のあの暖かい手が触れただけで、こんなにも感情が揺れるなんて。


隣の玄関が開閉する音がしない。きっとまだ藤堂先生はすぐそこに立っている。
あんな言い方したくなかった。きっと傷つけてしまった。
そんなつもりはなかった。
なかったのに、もう遅い。


「ふっ……う……」


溢れる涙に嗚咽が漏れないよう、必死に声を押し殺した。