「うわ、裏切りと、すれ違いの不倫愛憎劇。ホントに部活勧誘会の舞台の、演目にするつもりですか?渋過ぎる。新入生、ドン引きでしょ」
そう。去年の私みたいに。
「ははっ、それ、顧問の先生にも言われたよ。俺は良いと思ったんだけどね」
まさか、私に対しての当て付けじゃないよね。

「それで、顧問が、『古典によって部活の原点回帰をはかるなら、日本の戯曲も当たってみれば?』って言ってくれて。探したんだけど」
本棚から一冊引き抜いて、こちらに差し出した。
「へえー、泉 鏡花 …『夜叉ヶ池』また、難しいの持ってきましたねー。えっと、どんな話でしたっけ?」
「じゃあ、そっちに座って」

勧められた一人掛けのソファに座る。布張りのそれは古く、よれていてフカフカと柔らかく、なんとなく落ち着かない。これも相手を不安にして、事を有利に運ぼうとする作戦かも知れない。

「仁科先輩、近いです」
パイプ椅子を持って来てすぐそばに座るのを、わずかに避けた。
「これ、一冊しかないんだよ、本が」