***

少し遠くで、ドーンと地鳴りのような音が響く。
私は手元の書類からぱっと顔を上げた。

「始まりましたよ、課長」

このフロアで残業しているのは、私と藤野課長の2人だけ。
ポツンと私たちの上だけ、電気が灯っていた。
シンとしたフロアで、気兼ねなく課長に声をかけた。

「鈴本、終業後だからって仕事放り投げて、花火を見に行くんじゃないぞ」

資料片手に意地悪く笑う姿さえ絵になる課長は、顔立ちが整っているだけでなく雰囲気に艶がある。
本人は特に計算してやっている訳じゃないんだろうけど、チラリとこちらに目を向ける仕草だけで色っぽいのだ。
私は顔が熱くなったのを誤魔化すように、少し口を尖らせて書類に視線を戻した。

「そんなに子供じゃないです」

そうは言いながら、内心では少しでも見えないかなとウズウズしていた。
課長は、「どうだか」と笑って資料をパサっと机に投げた。
その間も、ドーン、パラパラという音と歓声のようなざわめきが小さく聞こえた。

課長はのびをして立ち上がり、こちらに歩き出す。
「毎年のことだが、音だけの花火ほど虚しいものもないな。」
どこか楽しそうに笑い、私の頭をポンと軽く撫でてから、コーヒーサーバーでコーヒーを淹れた。