やっとそこから視線をあげたかと思えば、周囲を見回しながら男はそっとフードを外した。


「良い森だな」


男が頭部をあらわにし、穏やかで優しさに満ちた声が響いた瞬間、リリアの見ている世界が鮮やかなものへと変化する。

彼の傍らで土のにおいを嗅いでいる白馬は立派な逞しい体躯をし、毛並みは眩いくらい艶やかだ。

そして男のきらきらと光を反射する黒髪はとても柔らかそうで、纏う外套もくたびれた様子など全くなく、むしろ品を感じさせるほどだ。

男は白馬が水面へと鼻先を近づける様子を静かに見つめている。

警戒心よりも好奇心が大きく膨らみ始め出したリリアは、突然現れたその男をもっとよく観察したくなり、そっと幹に手を添えわずかに体を傾けた。

俯きがちのその顔がどうしても見たくて、あと少しあと少しと体重を傾けていると……ミシッと木が鳴った。

音が響くのと、男が勢いよくリリアへと顔を向けたのはほぼ同時だった。

透き通るような白い肌に黒みを帯びた大きな赤き双眸、すっと通った鼻筋、文句の付けどころがないくらい美しく整った顔を見て、リリアの頭に真っ先に浮かんできた言葉は“妖精”だった。

目を奪われ、すっかり警戒心を削がれてしまったリリアとは逆に、美しいその男が隙を見せたのは目と目が合ったほんの一瞬だけだった。