母が愛していたモルセンヌの街角に自分も立つことが出来たなら、母の思いまでも知ることができるかもしれない。

やっぱり私も王都に行ってみたい。


「今は無理でも、いつか必ず……」


決意を言葉にすると、鼻がつんと痛んだ。

目から溢れ落ちそうになる涙を指先で拭おうとしたその時、リリアはさくさくと草を踏み近づいてくる足音を耳で拾う。

村人が近付かないこの場所にいったい誰がと、リリアは息を殺して、その音の主が現れるのをじっと待った。


「……川か」


低く響いた男性の澄んだ声に、リリアは思わず息をのむ。

続けて眼下に姿を現したのは、真白き馬に跨り、外套を身にまとった一人の男性だった。

男は軽く手綱を引いて川辺に近づこうとする白馬を制したあと、軽やかに馬から降りた。

その身のこなしは粗野なものではなく、むしろリリアには優雅にさえ感じてしまったくらいだが、なにせ聞き覚えのない声だ、村人ではない人間がどのような用事がありこの森にいるのかと、警戒心が膨らんでいく。

フードを深々と被ったその男は、しばらく川のほうへ顔を向けたまま、動かず立っていた。

リリアも同じように、顔も見えないその男を木の上からじっと見下ろす。