熟恋ージュクコイー

仕事が終わり、約束の時間までまだ少しあったのだけど、落ち着かないから早めに居酒屋に移動した。
金曜の夜だし、混んでいるかもしれない。
先に席をとっておこうと思っていた。


居酒屋に着くと、やはり人が多い。
入り口の店員さんに「2人なんですが…」と話すと、席へ案内してくれた。
周りは既に埋まっていて、ギリギリ席があった、という感じ。

「待ち合わせているので…」と注文を少し待ってもらい、カバンから本を取り出し読み始めたところで

『真野さん?』

と呼ばれ、顔を上げると、隣の席の男の人がこちらを見ていた。

『あ、やっぱり真野さんだ!田中です。あれ、顔も忘れちゃってました?』

!!!

びっくりした。田中さんが隣の席にいるなんて。
顔には、見覚えがあった。
優しい目に大きな耳。
思い出した。この人が田中さんだ。
背が高くて、素敵なおじ様、とでも言えそうだ。
おばちゃんが言う事じゃ無いけど…

「え、あ、あの…すいません、気付きませんでした。もう着いていらっしゃったんですね?」

心の準備ができていない私は、なんだかタジタジ。

『はい。金曜の夜は混むかと思って、席を取るために早めに来ました。真野さん、もしかして同じこと考えてくれました?』

にこっと優しい微笑み。

思いがけず微笑まれちゃって、私の挙動不振はまだ落ち着かない。

「え、あ、はい、そうなんです。早めに来ておこうと思いまして…そうなんです。」

『同じことを考えていたんですね。そちらの席に移ってもいいですか?』

「あ、は、はい」 

心の準備が何も無いまま始まってしまった。