アンニュイな彼

「……って! すみません、変なことを聞いてしまって!」
「……」
「あのっ、〝先生〟っていうのは一般的な〝先生〟のことで、決して笹原先生個人のプライベートなことを聞いた訳では……!」


急いでパスタを飲み込んだ私は、慌ててゴクゴクとお冷やを喉に流し込んだ。

すると。


「職場恋愛? 俺もあるよ。」



独り言上等で喋ってたから、ちゃんと人の話を聞いてるって当たり前のことが、先生相手だと逆にびっくり。

それになんか、当然っぽい言い方で……。
二重にびっくり。


「そ、そうなんですか……」
「気になる?」
「そ、そりゃあもちろん! って……、あっ!」


つい力説しかけて、中腰になってテーブルから身を乗り出してしまった私ははっと我に返る。
ガタリと椅子を振動させ、大人しく座り直す。

これじゃあ私、先生が好きってバレバレすぎる……。

途端にボッと顔全体が熱くなった。
火が出るくらい真っ赤になる私を見て、食後のコーヒーを口元に運びながら、先生はニヤリと口角を釣り上げて笑う。


か、からかってる、よね……?

先生が職場恋愛の経験アリだなんて、ちょっと……いやかなり、ショックだけど。
でもよくよく考えたら先生にだってそんな経験のひとつやふたつ、あるよね。


私は先生にずっと片思いしていて、短大時代の二年間も忙しく単位に追われ、先生を心の片隅で思う日々を重ねていたけれど。
先生は、周りの女性の視線を独占するくらい、こんなに素敵な男性なんだもの。

このお洒落なレストランにだって、きっと過去にデートで来たことがあるんだよね。
誰かと付き合ったり、求め合ったりして、きっと当たり前にオトナな恋愛を重ねてきたのだろう。


もしかしたら今だって……。


「あ……」


私、どうして今まで考えなかったんだろう。

もしかしたら今だって、彼女がいるかもしれないのに。