「あ、蕾が…」
3月
まだ肌寒い朝、この後行われる会社説明会に向かうため慣れないスーツを着て、慣れないヒールを履き、慣れない道を歩くと桜の木に蕾が少し膨らんでいるのを見つけた。
こうやって周りの景色を見るのはいつぶりだろう。
思えば、昨年から就活の日々に追われ、自然と目線が下に向いていたから、こんな風に気持ちにゆとりを持って道を歩いている事自体が久しぶりな気がする。
“春はさ、出会いと別れの季節だから好きなんだ”
中学校3年の卒業式の日、彼は言った。
彼、日向(ひなた)は私の保育園の頃からの幼馴染で、家が隣同士だから登下校はいつも一緒だった。
私が日向への想いに気づいたのは小学4年生の時で、想いを伝えたのは中学2年。
日向も私と同じ気持ちだったらしく、中学生で私達は交際を始めた。
交際といっても中学生だから手を繋いで帰ったり、一緒に動物園に行ったり。
ずっと一緒だった日向とついに離れ離れになる時がきたのだ。
「俺さ、地元から離れようと思ってる」
そう告げられたのは中学3年の時。
進路調査表を帰りのホームルームで渡された日の帰り道だった。
「え…」
「サッカー続けたくてさ」
日向は小学生の時にサッカーを始め、地元のサッカークラブではキャプテンも務めていた。
中学に入りクラブは辞めても部活でサッカーを続け、もちろん部長を任され、最後の試合の時なんて色々な高校から推薦がきたらしい。
「星稜学園、行きたいんだ。俺なりに色々調べてさ」
「星稜って…まさか」
「そ、熊本」
星稜学園、サッカーの名門校。
「前から少し気になってて、でもさすがに熊本じゃ本州離れるし厳しいかなって思ってたんだけどさ、この前推薦きてさ」
そんな、名門校からもきたなんて…
嬉しいけど素直に喜べないよ。