『ちょっと!どこまでいくの?』

何度か彼女はそう問いかけてきた。
そんな彼女にずっと”もうすぐ着く”と言いなだめて、バイクを走らす。

バイクで道路を30分ほど走り、山を少し登ったあと、頂上付近の駐車場にバイクを止めて彼女を下ろした。

『歩くぞ』

そう言って彼女の腕をとって歩き始める。
彼女は不安そうな顔をしながら、俺についてくる。

その間は何も俺たちは話さなかった。
彼女も何も言わない。
沈黙の中、15分ほど歩いたら目的の場所に到着した。

『着いた』

俺は足を止め、彼女のほうを向く。
顔を上げた彼女は目の前に広がる景色を見ると、目を輝かせた。

『え…』

彼女の反応をみて思う。
ここにして良かったなと。

『綺麗…』

そう言って彼女はとろんとした目で景色に見とれていた。
俺はそんな彼女に見とれて、言葉を失う。
風になびく髪、長い睫毛、綺麗な横顔。
どんどん顔が火照っていくのがわかった。

『一人になりたいときによく来るんだ。…夜は誰もいないからな』

俺は照れ隠しに、ポケットからライターと煙草を取りだし火をつける。

『俺にはこういうのしか思い付かなくてな。女はこういうの好きだろ?』

俺がそう言うと彼女と目が合い、俺の心臓の鼓動がはやくなっていくのがわかる。

『ありがとう…新』

彼女が初めて俺の名前を呼ぶ。
すると彼女は少し照れたような顔で夜景のほうへ向き直った。

そのときの俺は、初めて彼女に名前を呼ばれて舞い上がっていたんだと思う。

『環』

『うん…?』