「おはよー、苺花!」

「未奈乃おはよ!」

「今日も寒いね、ほんとやんなっちゃう」

「私は暑い夏よりは冬の方が好きかなぁ」

「まったく、貧弱なんだから」

「関係ないよ!」

「あ、遠藤。来たよ」

「ほんとだ。あ、私日誌取りにいかなきゃなんだ。行ってくる!」

未奈乃のところをあとにして、席に座ってカバンの中の必要なものを一通り出して、遠藤くんの方を見る。

「あ、おはよ遠藤くん」

「...はよ」

なんだかすごく私の顔を見てくる。なんだか不思議でつい首をかしげてしまった。

「私が日誌持ってくるよ」

「俺も行く」

「大丈夫だよ!遠藤くんは待ってて。私すぐ取ってくる!」

これくらいの会話なら、大丈夫かな、って。思っていたのに。

「ちょっとあんた」

「ま、真琴先輩...」

「約束、破ったわね」

「え!?そんな、破ってなんか...」

「問答無用よ。ついてきなさい」

「(またトイレ...)」

「あんた、昨日の帰り。チャリ置き場で智樹と話してたでしょ」

「っ...はい。話してました」

「どういうこと?あんた、あたしと約束したわよね?」

「ごめんなさい。たまたま会っちゃったから、話すしかなくて...」

「いい加減にしてよ!!」

バシッと、空間中に響き渡る音。そして徐々に痛みが増してくる、左頬と唇。

「った...」

「あんたなんかが手出していいような男じゃないの、智樹は!!もう二度と同じことが出来ないように、言った通りのことしてあげるわ」

「えっ...」

先輩はためらいなくカッターを出し、私の首に当てた。

「この襟に隠れる部分ならバレないでしょ?」

「や、やめてください...」

「約束破ったあんたが悪いの。痛い思いしてもうあたしに逆らえなくしてやる」

もう遅かった。歯を食いしばったときには。

「いっ...!」

「そんな深く切ってないわよ。ちょっとした切り傷程度でしょ?そんなんで何よ。弱っちぃ女ね」

どんどん痛みが増して、じんじんと熱くなってくる。こんなところ怪我なんてしたことないから本当に痛い。怖い。

「もう二度と同じことするなよ」

先輩たちは、また笑いながら出ていった。

「(酷い...痛い...)」

なんで私がこんな目に合わなくちゃいけないの?何も悪いことなんてしてないのに、遠藤くんにも嫌われなくちゃいけなくて。

「もう、どうしろって言うの...」

今すぐにでも逃げ出したかった。こんな地獄から。でもそれでは負けだ。あの先輩たちに勝とうとしてるわけじゃない。ただ、完全に負けることだけはしたくない。

「(ほんと貧弱な地味っ子のくせに、...)」

とにかく今は日誌を取りに行かなきゃ、とトイレを出て、職員室に向かう。目がかゆいフリをして左の頬を腕で隠していれば、なんとかなると思う。

「苺花!」

男の人の声で、私を呼ぶ声が聞こえた。誰だろう?私を松永じゃなくて、苺花なんて呼ぶ人は。

「...遠藤くん。どうしたの?私ひとりで持ってこれるよ?」

遠藤くんは、今日もかっこよくて。彼にはどんなときも笑顔を見せていないと、優しい彼のことだからきっと私を心配してしまう。

でも、そっちばかりに気を取られ、口元の傷と、首の傷までばれてしまった。どうしよう?首の傷だけは死守しないと。いやもう遅いんだけど、なんとか誤魔化して...。

「お前、俺に隠すのかよ」

あなたには関係ない。私だけの問題。遠藤くんは今までどおりモテモテで、欅くんと仲良くはなしていてくれればそれでいい。

「まい...」

触れられそうになったから。触れられたら、絶対に体の震えがわかってしまうから。どうか私に触らないで。かまわないで...。

「やめて!」

思わず口から出てしまった。今のは確実に自分のことしか考えていなかった。

...でも、この機会に、彼と離れてしまえばもうこんな目にあうことは無い。私は最低だ。でもら本当の事だから。

「日誌、1人で持っていけるから...教室、戻っててよ」

「...わかった」

寂しげな彼の顔は、とても見ていられるものじゃなかった。