いつも通りのだるい朝。スマホで新しいシューズを探しながら、もくもくと階段を上った。

「ぁいてっ」

どんっ、と、誰かとすれ違いざまにぶつかった。スリッパの色的に、恐らく1年。

「ごめんな、大丈夫か?」

「大丈夫で......お前が、遠藤智樹か」

「なんだ?誰だ」

「苺花先輩への仕打ちが、もう終わってると思うなよ!お前のせいで苺花先輩が泣いてるんだぞ!!」

俺のせいで、あいつが?いや、確かに1度そういうことはあった。だがあいつも、その後からは何も無いと俺に話していてはずだ。

「...何の話だ?」

「苺花先輩は優しいから、あんたに本当のことを言わないだけなんだ。お前なんか取り巻きの女たちの相手でもしてろ!苺花先輩は僕が守る!」

そう言い残すと、後輩は足早に階段を駆け下りた。どういうことだ?あいつはまだ、俺の知らないところで女どもに嫌がらせされているのか?

考えにふけりながら教室に入り、席につく。いつもよりは早めに、松永が来ていた。

「あ、おはよ遠藤くん」

「...はよ」

いつも通りな気がする。どう見ても。なんだ、あの男の思い違いか?

松永に不思議そうな顔をされながら、松永の顔を見た。ちょっと自分でもきもかったなと自覚した。

「どうしたの」

「いや、なんでもね」

「...あ、今日日直だね。私が日誌持ってくるよ」

「俺も行く」

「大丈夫だよ!遠藤くんは待ってて。私すぐ取ってくる!」

...いたって、いつも通りだ。いつも通り挨拶をしたし、いつも通りの会話だ。あいつに何かがあったとは思えない。きっとあの後輩の勘違いだろうな。

「遠藤〜、自販機行こうぜ!今日、珍しく中パックのいちごミルクが入ってるらしいぞ!」

「おう」

「反応うっす〜」

欅と共に教室を出て1階の自販機まで行くと、一番近くの女子トイレからわらわらと3年生が出てきた。その中には部のマネである先輩もいた。

「...うす」

「あ、遠藤おはよぉ!今日も朝練さぼったでしょお、このままじゃレギュラー外されちゃうよ??」

「...大丈夫ッス」

「何がよ!今度、二人きりで秘密の特訓...する?」

「結構です」

「なんだぁノリ悪いなぁ。そんなんじゃ私みたいな物好きにしか好かれないぞぉ?」

「...大丈夫ッス」

「ふふ、じゃあまたねぇ?」

「ッス」

「相変わらず綺麗なマネだな〜、お前んとこのは」

「バレー部はマネいないもんな」

「まぁ、女子バレーが最高だけどな」

「変態」

「はー!?」

自販機から飲み物を取り出して振り返ると、先ほど3年が出てきた女子トイレから、松永が出てくるのが見えた。

「(...なんであいつが?)」

「遠藤どうした?早く戻ろうぜ」

「...便所。お前これ持って先に帰ってて」

「大か。いいよ、持ってってやる」

「勝手に言ってろ」

俺は、職員室へ向かう松永のもとへ走った。だって、明らかに普通じゃない。頭はうなだれてるし、髪もいつもみたいに整っていない。

「(...別に、いつもそんな見てるわけじゃねーけど!)」

「まつ...苺花!」

「...遠藤くん。どうしたの?私ひとりで持ってこれるよ?」

「そんなのどうでもいいよ。それよりおま...」

振り返った苺花を見ると、口元が赤く腫れていた。唇には少しだけ血が滲んでいる。

「...どうしたんだよ、その傷は」

「昨日、帰りに電柱にぶつかっちゃって!口切っちゃった」

俺には分かった。今日の苺花はいつもと全く違う。

「嘘つくなって」

「なんの話?」

「今お前より先に3年が出てきたろ」

「そうだね、入ってたね」

「お前、あいつらになんかされたんじゃないのかよ」

「なんで?される理由がないでしょ」

相変わらず苺花はにこにことこっちを見ながら質問に質問を返してくる。

「...とりあえず、その傷はなんとかしないと...っお前!その傷も...!」

俺を見上げた苺花の首筋には、目立たないものの、明らかに電柱にぶつかって出来たのではないであろう切り傷があった。

「だ、だから大丈夫だから」

「お前、俺に隠すのかよ、」

今で女のことをこんなに気にかけたことなんてなかったのに、傷だらけの苺花を見ていてもたってもいられなくなってしまった。

未だににこにこと笑顔を見せ続ける苺花に、どんどんイラつきが込上がってきて。

「私、日誌取ってきちゃうね!」

走りかけた苺花の手首を、思わず掴んだ。

「まい...」

「やめて!」

驚いた。

「あっ...」

思い切り振り払われた。俺がいきなり掴んだのが悪い、分かってるが、...。

「日誌、1人で持っていけるから...教室、戻っててよ」

「...わかった」

もう俺は、こう返事するほか無かった。