それは、普段は見せない柔らかい笑顔で。

すこし細くなった、眼鏡の奥の目からは優しさが溢れていて。

なんでこんなに、胸がきゅっと締め付けられるんだろう。

彼の笑顔を、ほんとに見たことなんてないのに。

それを、私に向けられた笑顔だなんて勘違いして____

「ちょっと、苺花(まいか)ってば!!」

「いっ!?」

おでこを勢いよくデコピンされ、ぼーっと外に降る雪を眺めていた私は現実に戻された。

「話聞いてるの?さっきから気付いたら顔が窓の外向いてるじゃん!」

「へ、あ、あぁ、ごめん...」

「大丈夫?具合でも悪いの?」

「ううん、なんでもないの」

「もー、あたしの愚痴前っ然聞いてなかったでしょ!」

「ごめんごめん、でも半分くらい惚気になってたよ?」

「それも愚痴のひーとーつーなーのー!」

「未奈乃(みなの)の彼氏はほんとに未奈乃にベタ惚れなんだね」

「...」

未奈乃はそう言った私にものすごく呆れた顔をしてくる。え、だって惚気てたし、そういう事じゃないの...?

「もう、これだから彼氏のできたことのない苺花は。そんなんじゃいつかダメな男に引っかかるよ!」

「はは...」

未奈乃は私が知っている限りでは、今まで3、4人と付き合って別れてをしていた。何より未奈乃はモテるから告白された人数はそれ以上みたいだけど。

見た目が結構遊んでる感じするから、好きな男の子を取られた女の子がよく『男たらし』と未奈乃のことを言うけど、実際はそんなことない。だって未奈乃はいつも真剣に付き合って、別れてるんだもん。

「(まぁ、彼氏できたことない私にはよくわかんないけど...)」

「でもさー、苺花はほんとに彼氏つくらないの?」

「その、電子レンジでチンしたら出来るみたいな言い方やめてよね?私だって好きで作らないわけじゃないよ」

「ふーん?」

半分くらい残った、お昼ご飯のマーマレードパンを、私は袋に戻した。なんだか何を考えていたか忘れたけど、お腹が満たされてしまった。

「でもなんでそんな雪ばっか見てたのよ。この冬じゃそんな珍しいもんじゃないでしょ?」

「いやーなんでだろ」

外は朝からしんしんと雪が降り積もって、窓から見える校庭は真っ白。毎年ではあるけれど、これだけ広い校庭が綺麗に真っ白になっていると、なかなか見応えがある。

ど真ん中に倒れ込んで、雪をかき分け自分の跡を作りたい。なんて考えてたのかなぁ、さっきは。

「ねぇ、未奈乃」

「ん?」

未奈乃は紙パックジュースのストローを咥え、私と一緒になって外を眺めながら椅子をゆらゆらさせていた。

「昨日の夢にね、遠藤くんが出てきたの」

「遠藤?遠藤って、どっちの遠藤?」

「あ、智樹(ともき)くんのほう」

「あー、仲良さそうにしてたもんね。でもそれがどうしたの?好きなの?」

そんなはずがないのに、一瞬図星を突かれたようにドキッとしてしまった。心臓が痛い。

「...そうやって、未奈乃はいつもそっちに持ってくんだから」

「夢に出てくるってそういうことじゃないの?」

「...じゃあ未奈乃は夢にゴリラが出てきたら好きなんだ...!ってなるの?」

「それとこれとは話が別でしょ!苺花ったら何意味わかんないこと言ってんの!」

未奈乃はストローを噛みながらけらけらと笑っている。

「でもさ、遠藤って何気にモテるじゃん。あいつサッカー部でもなかなか活躍してるらしいよ」

「そうなんだ、まぁいつも体育のサッカー上手だもんね」

「ほら、うちの学校って校庭が少し下がってるじゃん?だから、サッカー部からは見えない校舎の死角のところでファン達が見てるらしいよ」

「サッカー部を?」

「遠藤を」

「えっ!遠藤くんってそんなにモテるの!?」

「そんなに顔はかっこよくないと思うけどねー。やっぱ運動できるとかっこよさ2割増しだよね」

「そ、そうなんだ...」

遠藤くんにファンがいたなんて知らなかった。たまたま席替え前の席が近くて、仲良くなって。でもそんなに話すことはなくて、席替えしてからはたまにしか話さない。

サッカー部だということは知ってるけど、まさかそんなに女の子達にモテてるなんて知らなかったなぁ...休み時間とかずっと寝てるし、いつも鼻に眼鏡のあとついてるし。

「(失礼だけど、あんな人がモテるんだなぁ...)」

でも確かに、黒い髪はサラサラだし目は少し細いけどまつ毛は長くて上向きだし、身長も高くて背中も大きい。モテる要素は揃ってる。

きっと、そんな偉大な方が私の夢に出演してくれたってことは、なにかのサービスだったんだうな。ファンの女の子達の夢にも出てきてあげたらいいのに。

「そんな遠藤と付き合ったら、苺花がファンの子たちに殺されちゃうんじゃない?」

「そんなに強烈なファンたちなの」

「噂によればね。遠藤って休み時間いつも寝てるじゃん?だから顔見るために、わざわざ廊下でうるさくして起こそうとしてるらしいよ」

「(あぁ...だから席が近かったとき、不自然に廊下がうるさいって感じたんだ...)」

「...それでも遠藤くん、起きてなかったけどね」

「下手したら授業中も寝てるもんねあいつ」

「でも成績は良いから、先生もなんとも言えないよね」

「赤点ギリギリなあたしへの当てつけか?」

「ほんと羨ましいよ」

「苺花、トイレいこ!さっき体育だったから前髪くずれちゃった」

「うん、いいよ」

席を立ってガラガラと教室の扉を開けると、廊下には、スリッパの色的に後輩であろう女の子がいた。

「あっ、あの!先輩!」

「えっと...未奈乃の友達?」

「いや違う。後輩に仲良い子とかいないし」

「どうしたの?」

「智樹先輩は、いますかっ!?」

「遠藤くん?」

遠藤くんのファンであろう女の子は、キラキラした目で私と未奈乃のことを見つめてきて。よく見かける1年生の中じゃ特別可愛い。

たしか、超絶可愛い女の子が入学してきたっていつだか話題になってたっけ。

ツヤツヤの少し茶色がかった長い髪を下ろして、白くて細い、白魚のような手で顔の前に手紙を持っている。透き通ったほっぺはほんのりピンク色に染まっていて、なんだか見ているこっちが照れてくる。

「はい!」

「う〜んと...今、遠藤いないね」

「ど、どこにいるかわかりますか!?」

「欅(けやき)ー、遠藤は?」

「サッカー部のやつらと食堂行ったよ」

「他のサッカー部の人たちと食堂にいるみたいだよ」

「そうですか、ありがとうございます!」

「なになに、告りに行くの?」

「はっ、はい!私、智樹先輩と同じ中学で、その頃からずっと、先輩のこと好きだったんです!!だから今日、やっと伝えられる...!」

「そうなんだ。頑張ってね、応援してるよ。えーっと...?」

「あ、私、白石優子(しらいしゆうこ)っていいます!ありがとうございました!」

白石さんは私たちに一礼すると、今にも折れそうな細い足で食堂の方へ駆けていった。

「白石さん、可愛かったなぁ」

「あんな子に告白されたら、さすがの遠藤も落ちちゃうんじゃない?」

未奈乃はニヤニヤしながら私の方を見てくる。

「でも、遠藤くんって今までの告白、どうしてたのかな?」

「全部断ってたらしいよ。先輩からも同級生からも後輩からも告白されてたらしいけどね」

「そうなんだ」

きっとあんなにかっこいい遠藤くんのことだから、すごくすごく理想が高いんだろう。

「(だから、きっとどんなに可愛い女の子にも目を向けないんだろうなぁ)」

「でもさすがにあんなに可愛い白石さんからの告白じゃ、遠藤くんも迷っちゃうかもね」

「いいの?苺花は」

「えっ、何が?」

「だって、遠藤のこと...好きなんじゃないの?」

「だから、遠藤くんのことは好きだけど、それは友達とし...」

どんっ

やっぱりなんだか恥ずかしくって、ふいっと振り返って歩き出したら、人にぶつかってしまった。

「あっ、ご、ごめんなさい!大丈夫ですか?」

「ほらー、苺花が大きい声出すから」

「だ、大丈夫です!ごめんなさい!」

その後輩の女の子は、すぐに立ち上がって、今来た方向に戻っていってしまった。大丈夫だったかなぁ、結構強く壁にぶつかっちゃってたけど...怪我、してないかなぁ...。

「まあいいや、とりあえずトイレいこ?」

「うん、わかった行こう」

未奈乃は、いつも使っているメイクポーチを取り出すとおもむろに鏡の前でメイク直しをしだした。

「苺花もメイクとかしたら?いつまでもすっぴんのままじゃ彼氏もできないよ?」

「だってやり方とか道具のこととかよく分かんないし...私はあんまり肌強くないからこのままでもいいかなーって」

「世の中の女の子は肌荒れと戦いながら可愛くなろうとメイクしてんの」

「強いなぁ...」

未奈乃のメイク直しに付き合っていると、ガラガラと音を立てて誰かがトイレに入ってきた。

「あれ、白石さん...?」

「先輩...」

「ど、どうしたの!?目、赤くなっちゃってるけど」