・・・・・

私がスケート教室に通い続けられたのは、海翔がいたからだ。

正直に言うと、初恋だった。

教室に通ううちにちょっとしたジャンプやスピンは何とか出来るようになり、実力がつくのは純粋に楽しかった。

けれど同時に、最初に抱いていたスケーターの夢は幻想だったと思うようにもなっていた。周りの子たちに比べて、才能とセンスを持ち合わせていなかったことにようやく気付いたからだ。気付いた頃にはもう、努力だけではどうにもならない程の差が開いていた。

それでも私は海翔に会えなくなるのが嫌で、意地になって通い続けた。実に子どもらしくてかわいい理由だったと思う。


ーーここまではきっと〝よくある話〟だ。


よくある微笑ましいエピソードのままで終わらなかったのは、海翔が、そんな平凡な私とは次元が違っていたからだ。

海翔にとっては〝母親に言われたから渋々始めたフィギュアスケート〟だったはずが、めきめきと頭角を現していく。沢山の生徒がいる中でも先生の言うことを理解してコツをつかむのが上手で、気付けば教室では一番を競うレベルになっていた。

それはもはや、スケート教室の範疇ではおさまらないほどに。


「俺、クラブへ移ることになった」


海翔から突然そう告げられたのは、そんなある日。スケート教室が終わって後片付けをしている時だった。
体中に電流が走ったかと思うほど震えたが、何とか持ちこたえる。

いつかこの日が来ると、心のどこかでは分かっていたのに。


「すごい! 海翔なら、もっともっと上手くなるよ」


うまく笑えたかな。
私とは、本当は住む世界が違う人は困ったように目線をさまよわせている。


「よかったら、真白も一緒に」


ぽつりと呟かれた言葉に一瞬驚いたが、私はゆっくり首を振った。フィギュアスケートは感情表現が豊かな方が有利なはずなのに、海翔は、それだけはとても下手だった。

ーーでも、嬉しい。


「私は、もういいの。スケートを辞めても海翔のこと、応援してるから」


目を見開いて何も言えずに私を見る海翔は、初めて話した日よりもずっとずっと格好良くなっていた。物静かで、ひたむきで。
そして相変わらず、吸い込まれてしまいそうな目。

私の言葉に海翔はほんの少しだけ瞳を揺らした後、全てを理解したように小さく頷く。


「……じゃあ。俺のスケート、見に来て」

「うん」


海翔がクラブへ移った後、私は二年間習ったスケート教室をすっぱり辞めた。

淡い海翔への思いを、無理やり断ち切るように。