「ごめん。私、何もアドバイスできなくて」


考え無しに自分の気持ちを押し付けようとしてしまったことを謝罪すると、海翔は真面目な顔で言った。


「いや。真白に聞いてもらうだけで落ち着くから」

「えっ?! あ、ありがとう……」


先ほどまでのトゲトゲした険のある声と表情が幾分落ち着いたものに変わって、ホッとしたけれど。何も知らない状態だと完全に勘違いしてしまう不意打ちの言葉は心臓に悪い。


「逆だろ。お礼を言うのは、俺の方」


相変わらずどこか抜けてるよな、と脱力したように海翔は笑んだ。貴重だと言われているらしい笑顔を間近で見られるのも、私だけの特権……だと思っていた。ほんの少し前までは。


「あ、そうだ。もうすぐ帰れるから、どこか飯でも行かない?」


時々そうするように、海翔は私を普通に誘う。先ほどのスケートファンの子たちの会話を思い出した私は、ためらった。


「ごめん、今日はちょっと」

「用事? それなら、また今度ーー」


私の思いを欠片も理解してくれない海翔は、なおも私を誘おうとする。その行動が周りにどう見えているのか分かって欲しくて、私は海翔の言葉を遮った。

もう、こうして会いに来るのは、止めた方がいいに決まっている。


「海翔、あの、もう、そういうのは……」

「なに」


今度は海翔が遮った。一回取れたはずの眉間の皺が復活している。


「まさか真白、気にしてんの?」

「えっ」


じり、と一歩距離を詰められて、思わず一歩後ずさった。背中にどん、と冷たいコンクリートの感触。


「誰かに言われた? 俺たち、噂になってるって」

「し、知ってたんだ……」


私は応援しに来ているだけで分からなかったが、選手の方はあからさまに聞かれることもあるのだろう。それでも動じない海翔は本当にすごい。


「堂々としてればいいんだよ。やましいことはありません、って」


〝恋人ではありません〟とアピールすることをさも当然のように提案されて複雑な心境ではあったが、お陰でまだ海翔のそばにいられることが本当に嬉しかった。

このままずっと、相談相手でもいいから近くにいたいと願ってしまった私は、またもや気持ちを飲み込むことに決めたのだった。