弁護士宛てに書かれた手紙には「悦子には迷惑を掛けた」ことと「生命保険金は会社を立て直す為に使ってほしい」そして「旦那さんと末永くお幸せに」と書かれていた。
「そんな――――」
力が抜けたのかストン、と悦子は椅子に腰掛け顏を覆った。
「そんな……」
もう一度口の中で呟き、だがしかしその声は嗚咽の混じったもので変な風に裏返っていた。今度の涙は偽物の涙ではなく、本物の―――涙だったに違いない。そうであってほしい……と。俺の願望だろうな、これは。
彼女が―――冬華が……死を持ってまで残したかったもの。それは優輝への愛と、悦子への愛だったのだ。
俺は腕時計を見下ろした。
「玲子も松岡 優輝も
そして、あんたも―――
冬華に守られてたんだ。
あんたは冬華が悪者になって死んでいったことに、今までの恨みを晴らせたと思っていたようだが、
違ったようだな。
法要は午後三時からだ。まだあと一時間程ある」
「私はどうすれば……?」
悦子は涙の浮かんだ瞳を俺に向けてきたが、俺は首を横に振った。
「それは俺には分からない。ゆっくり考えることだな―――」
それだけ言うと伝票を手に俺は立ち上がった。
冬華の四十九日、悦子は本当なら最初から行くつもりだったのだろう。そのために黒い喪服で現れたようだが。
本当のことを知っても、果たして彼女は行くだろうか―――
夫の会社を守るために、或は友達の遺志を守るために。
だけどそんなこときれいごとだ。
俺が彼女に真実を述べたのはわけがある。悦子は冬華に対する劣等感を抱えて、生きてきた。冬華は、悦子が思うような『勝ち組』ではなかった。なのに勝手に思い込んで陥れようとするその姿勢に、どうしてもやりきれない何かがあった。
本当の事を伝えられずに死んでいった冬華が浮かばれない。
悦子が法要に行くかどうかは俺には分からないし、結果がどうなろうと知ったこっちゃないけどな―――
喫茶店を出て空を見やると、“あの日”と同じ、冷たい雪が雲の合間から舞い降りてきた。
俺はスーツの内ポケットの中からセブンスターを取り出し、一本口に咥えた。
事件が本当の意味で解決するまで絶っていたのだ。
ようやく―――
ようやく吸える。
冬華が嫌いだったタバコを。
タバコの先に火を点け軽く吸い込むと、それは俺の知っているタバコより重い苦みがした。
「苦……」思わず呟いて、空を見上げると、頬に冷たいものを感じた。
雪が頬に落ちてきたのかと思ったが、口に流れ込んだそれは僅かに潮の味を感じた。
何てことない、雪ではなく―――それは俺の涙だったんだ。
君は――――……俺が想像するより強くて、そして同じだけ脆い。
君を守りたかった。君を愛してた。でももう、君はどこにも居ない。
さよなら冬華
さよなら―――
俺が愛したひと
「煙が目に染みるぜ」



