松岡 優輝殺しは恐らく衝動的なものだったのだろう。そこに二人のやりとりがどうされたのかは、もう知る術もないが。
だが優輝が息絶えたあと、冬華は彼の持ち物から婚姻届けと使い古した参考書やノートの類を発見して―――
真実を知ることになる。
――――残酷過ぎる現実だ。
悦子は俺の話をまばたきもせず一言一句聞き逃さないように耳を傾けていたが、俺が話し終えると小さくため息を吐いた。
「でも……冬華だって隣人からヒモ男を寝取ったんでしょう?自業自得よ」
「それに関しても、若干の思い違いがある。
冬華は清水 玲子から松岡 優輝を奪ったわけでもなく、また優輝が冬華に鞍替えしたわけでもない。
あの二人は、清水 玲子が自殺するまで何も関係がなかった」
「嘘よ……何故、そんなことが言えるのよ!」
悦子はどうしても冬華を悪者に仕立て上げたいようだ。冬華と悦子は幼稚園からの付き合いだと、二人の共通の友人たちが証言している。それはそれは仲が良かった―――と。
でも、嘘で塗り固めたその関係に、一体何の意味があったのだろうか。
俺は再びため息を吐き、ことの真相を語った。
冬華の元隣人、清水 玲子は友人知人の類も少なく、ひっそりと生きているような女だった。親の遺産はいくらかあったが贅沢をすることなく、派手な生活を送っていたわけでもない。趣味は読書、と絵に書いたような地味な生活を送っていた。
しかしそんな彼女も裏の顏がある。
ギャンブル依存症だ。
それも高額の掛け金が動く、ネットカジノ。
ギャンブルにはまったのは彼女が越してきて間もなくのことだった。同じマンションの住人に誘われて軽い気持ちではじめたのが間違いの元だった。
最初の方は面白いほど勝ちが続いたが、幸運もそう長く続くわけでもない。いつしか親の遺産も底を付きかけたがギャンブルを断ち切ることはできなかった。
負けが続くと、その負け分を取り返そうと躍起になる。そこが落とし穴で同時に地獄の入口でもある。
そして遺産が無くなると、今度はサラ金に手を出す。サラ金でもブラックリストに入ると、今度は怪しい町金に手を出す。最悪の悪循環だ。
そのときすでに松岡とは玲子は交際していたようだが、松岡は玲子のギャンブル狂いをやめさせたかったようだ。これは松岡の友人が幾人か証言していて、松岡が本気だったこともみな認めている。
つまり―――金が無くとも、松岡はそれなりに玲子のことが好きだったのだろう。
話が逸れたが、玲子は度々冬華にも金の無心をしていたらしい。冬華が数回援助をした痕跡も彼女の口座と玲子の口座に残っている。
一年前、玲子が自殺したとき―――借金は冬華の援助だけでは到底払えないところまで膨れ上がっていた。
それはマンションを手放しても、足りるものではなかった。
考えた末に玲子は覚悟を決め、自らの死を選んだ―――
借金はマンションを売った金と生命保険で完済することができたようだが。
遺書はなく、様々な憶測だけが横行した。その大半は冬華が松岡 優輝を寝取った末、絶望した玲子が自ら身を投げて死んだ、と。誰もがそう思って居た。あの口の堅いコンシェルジュもその一人だ。
だが玲子の遺書は冬華が手元に隠し持っていた。
遺書は玲子が死んだその日、冬華のポストに直接投函されたもので、二枚ほどの便箋にびっしりと死ぬ理由、そして冬華に対する感謝と詫びの意、そして一人になった松岡をこれからも頼むと言う内容が書かれていた。
何故冬華がこの遺書を警察に提出しなかったのか、それは
玲子の―――今までの人生を守るためだったのだろう―――



