婚姻届けには松岡 優輝と城戸 冬華の本籍がきちんと記入されており、それぞれの印鑑も押印してある。
鑑識に回したところ、インクの渇き具合や染み具合から、おおよそ半年程前に書かれたものだと判明した。だが半年前に書かれていたのは松岡 優輝の名前と住所だけだった。筆跡鑑定も行われたが、本人のものと思ってまず間違いがない。
そして冬華の方は、こちらも鑑定を行った結果直筆で―――事件が発覚した時期に書かれたものだと分かった。
つまり順番はこうだ。半年前に松岡 優輝は冬華と結婚を考え婚姻届けにサインをしたのだろう。そして事件は起きる。鑑識ははっきりとした年月まで割り出せなかったが、冬華が婚姻届けにサインしたのは、事件の後だと考えて間違いないだろう。
「どうして……だって……冬華は彼氏に浮気されたって……それにあの子、彼のこと前々から疑ってて……さっきも言ったけど結婚するなんて一言も」
「出す予定もないCDのレコーディングとか言って留守にしていた、と言う件か?
確かにその件で松岡 優輝は冬華に嘘をついていた。
けれどそれは―――杉崎 亜里沙と会っていたからじゃない。松岡 優輝は―――
通信制の高校に通っていたんだ」
悦子が開いた目を、さらに大きく開く。
貸金庫の中には婚姻届けと一緒に、使い古した参考書や松岡 優輝の字で書きこみがいっぱいされたノートの類が数冊と手紙が数通、入っていた。
「じゃぁ……ヒモ男は……」
恐らく、冬華のことを本当に愛していたのだろう―――
献身的に彼を支えて、時に彼を守り、ときに厳しいことを言って励ましたりもしただろう。そんな彼女を、松岡 優輝は心底惚れていたに違いない。
ミュージシャンになる、と言う夢を捨てて、冬華との現実を見つめようと……どこかで人生を立て直したかったに違いない。
そこへ現れたのが杉崎 亜里沙だった。
亜里沙と松岡 優輝の間には―――何もなかった。実際業界人同士の食事会や飲み会はあっただろう。だがしかし二人きりでどこかに行くことはなかったようだ。
松岡 優輝と付き合っていると思っていたのは一方的に亜里沙の方だけで、その妄想はどんどん膨れ上がっていく。
やがて優輝はノイローゼ気味まで追い詰められ、冬華に本当のことも相談できず、恐怖心から亜里沙の妄想に付き合うことにした。
それがあのメールだ。
メールに付き合ってやるぐらいだったら自分でもできる、と踏んだのだろう松岡 優輝は。そのうち仮想恋愛に飽きるに違いないと思っていたに違いない。だが、その途中、冬華にメールを見られることになる。
冬華はあのメールを見て――――当然ながら優輝が浮気したと、そう考えた。
誰だってそうだ。
あんな内容のメールを見たら誰だって疑いが確信に変わる。
そして殺意は目覚めた。



