「この鍵、あんたの言うクローゼットの鍵なんかじゃなかったよ」
俺は悦子の前に冬華が提げていた鍵を差し出した。
「嘘……!だって冬華は……」
「あんたも冬華に騙されてたってことだな。あんたのこと、最初から信用していなかったんだろう」
悦子は下唇を噛み、忌々しそうに目を細めた。
「そんな………でも……冬華らしいわ……でもそうしたら遺体は……」
「遺体は確かにクローゼットにあった。だが、クローゼットに鍵なんてついてなかった」
冬華はたくさんの嘘の中に随所に本当のことを混ぜ込んでいた。クローゼットには確かに遺体は隠されていた。
遺体は胸部に一つ深い刺し傷があって、松岡 優輝が着用していた白いシャツが血液で赤く染まっていた。時間が経っているのもあって茶色く変化はしていたが。その刺し傷は一週間前に押収した包丁と一致した。
松岡 優輝は恐らく出血多量のショック死だったのだろう。苦しんだ筈だったが、その顔は眠るように穏やかだった。
「じゃぁどこの鍵だったの」悦子が聞いてきて、俺はため息を吐いた。俺にもつい最近までこれがどこの鍵なのか全くわからなかった。
家のありとあらゆる鍵を試したが、そのどれも一致しなかったのだ。その他にも都内のコインロッカーや、友人宅の家々の鍵と照らし合わせても全て不一致。
冬華はこれを“心の鍵”だと言った。
彼女の心を開ける唯一の―――文字通り『鍵』だったのだ。
クローゼットの鍵じゃないと知ってすぐさま鑑識にこの鍵を預けた。調査は三週間にも及んだ。古いタイプのもので今はどの鍵屋も取り扱いがない、と言う。
だがしかし、また意外なところからこの鍵の鍵穴が判明した。
ある日、俺の元に地方銀行の頭取が訪ねてきたのだ。
何事かと思っていたが、頭取は「実は……亡くなった城戸様の貸金庫の処分の対応に困り果てていまして」と言う相談事で、俺は手の中の鍵を改めて見下ろした。
鍵は――――
銀行の貸金庫のものだったのだ。



