松岡 優輝は最初、玲子と付き合っていた。
二人の出会いこそは分からないが、周りから見て玲子と優輝はやはりどこかちぐはぐだったようだ。
「確かにあの男は優男だったよ。一年前に亡くなった清水様とは釣り合わない感じがあった」とコンシェルジュのU氏は証言している。
「はっきりとした付き合いがいつはじまったのかは……私は知らない。でも二年ぐらい前からかな、あの男がこのマンションに出入りしたのは。
二人の印象は……まぁあくまで他人から見る目ですからね、愛し合っていたかもしれないし」と氏はどこか他人事。あんたの口から“愛”と言う言葉を聞いて、これほど信用ならない台詞はないな、と思った。
「そう思うか?」と聞くと
「んなわけあるかっつうの。ありゃ金だな。清水様はあの男のパトロンだったに違いねぇよ」
と、今更取り繕うことを諦めたのか、ワル全開で氏は底意地が悪そうにニヤリと笑った。
「人の不幸話ほどうまいもんはないよ。スキャンダル?的な。古株のコンシェルジュならみんな知ってたことさ。
あの二人がどうゆう関係だったか、はね。
冴えない金持ち女と、クズ野郎のヒモ男」
なるほど、誰からどう見ても二人はそう言う風に見られていたわけだ。
松岡 優輝は今風の……所謂イケメンと言うヤツだった。ひょろりと背が高くふわふわの茶色い髪に、甘いマスク。どこかのアイドルやモデルだと言っても不思議ではない整った容姿で、一方玲子は引っ込み思案の上、地味で目立たない冴えない女だった。
松岡 優輝が何を思って玲子と付き合っていたのかは、コンシェルジュの下卑た証言がなくても容易に想像ができる。
――――金だ。
松岡 優輝は冬華より五歳年下……つまりは俺と同じ歳だったにも関わらず定職にもつかず、ミュージシャンと言うとりとめのない夢を追って、玲子の財産を食いつぶすクズ男だった。
そんな男だと分かっていながら、何故、冬華も玲子も、松岡 優輝に惚れたのか俺には分かりかねるが―――彼女たちにはあの男に惹かれる何かがあったのだろう。
とにかく冬華は、玲子から松岡 優輝を文字通り寝取ったのだ。
松岡の方も松岡で、玲子より冬華の方が金を持っている、と踏んだのだろう。その上あの美しさだ。寝返らない理由などない。そもそも最初から玲子との間に愛などなかったのだから。
玲子は優輝の裏切りを知り、そしてその裏切った相手が、唯一仲良くしていた冬華だと知って――――絶望したに違いない。
彼女は大切な二人に裏切られたショックで、ある日あのマンションの部屋で飛び降り自殺をした。
「あの時は凄い騒ぎになったよ。あの部屋も事故物件として扱われて、物価が下がっているって聞いた」とU氏は言った。
けれど、その後も冬華と松岡は平然と交際をしていたようだ。
「俺には想像できないがね。奪った相手が自殺とくりゃ、良心の呵責に苦しむ。まぁそれがないからあんな風に付き合えるんだろうけど。
城戸様は美人だったけど、どこか神秘的な……て言えば言葉が良いけど、謎めいた女だった」
と、氏の印象を聞いたときはそれに同意もできた。
そうして冬華はまんまと玲子の後釜に収まり、松岡 優輝を支援する日々が始まる。
冬華は親の残してくれた財産だけを頼りに細々と生きる玲子とは違って、自らいくつも企業や店舗を手掛ける経営者としても有能だった。彼女が取締役……代表取締役として就任した会社、店舗は調査の結果少なくとも4件は上がっている。
だが不思議なことに、会社が軌道に乗ると冬華はあっさりとそれを手放したようだ。経営コンサルタントに向いているかもしれないが、彼女にとって会社を大きくするのはゲームと同じ感覚だったに違いない。
話が逸れたが、とにかく松岡 優輝は女に寄生する最低野郎だった、と言うことだ。
松岡の狙いは金。冬華の場合は美貌とスタイルの良さからいくらか
付加価値があったようだが、金持ち女を幾人か渡り歩く最低男には違いない。知っているだけでも玲子と冬華二人の女が浮上した。ほかにもっともっと“前歴”があったに違いない
そんなヤツにも転機は訪れる。
モデルの杉崎 亜里沙との出会いだ。



