「からかってるの?」ちょっと冷たく聞き返すと
『そんなんじゃないよ。ところで今どこ?外?』とまたもサラリと話題を変える。
自然なその流れに、つい
「マンションよ。ベランダに居る」と本当のことを言った。
『外は寒いよ。体が冷える。中に入った方がいい』と提案されて、またも正直に
「彼氏が居るから電話は外で」と答えた。私が彼氏持ちだって言うことタナカさんは知ってるし、今さら取り繕う必要もない。
『――――………』
たっぷり間を開けて、タナカさんは
『……そうだったな』
と低く、温度の感じられない声音で答えた。
言い訳なんてしないわ。だって最初から隠すつもりなんてなかったもの。妙に堂々とした私の態度を不思議に思っているのか、或は何かを考えてるのか、その後タナカさんの沈黙はまたも到来した。
けれど
数秒後に
『一人じゃなくて良かった』
と、一言。
「どういう――――」意味……と続けようとして、
『だって一人だったら守ってくれるヤツ居ないだろう』
え――――……
『ホントは俺が守りたいんだけどな。
君のすぐ近くに常に居て、君のこと寂しくさせたりなんかしないし、君のこと大切にして、愛して-―――
守り抜きたい』
私……誰かにこんな風に言われたのはじめてかもしれない。
付き合った……もしくは体の関係を持った男は決して少なくないけれど、みんな偽りの飾り立てた台詞だったわ。誰もが私のお金とか体とかが目的だったから。でも分かりやすい目的に応えてきたのは私。
誰も本当の私を愛してなどくれない―――と、妙に割り切って居たから、お飾りの言葉も聞き入れてきた。時には喜んだフリもした。
けれど今は違う。
この言葉がたとえ偽物だとしても――――私はきっと嬉しかったんだ。
タナカさん……
タナカさん――――
「ねぇあなたの本当の―――………」と言いかけたときだった。
『ねぇ、今ベランダに居るんだろ?高所恐怖症じゃなかったら、ちょっと下見てよ?』
唐突にそう言われて、私は僅かにベランダのフェンスから身を乗り出した。
何も考えず無意識に。たとえ背後にタナカさんが居て私の背を押そうとしていても、それを知っていてもきっと下を覗き込んでいただろう。
でも実際タナカさんは私の背後には居なかったし、死神が私を誘(イザナ)っているわけでもなかった。
ただそこにあったのは
宝石の欠片だった。



