「あっぶないなー……大丈夫?怪我はない?」
タナカさんはしきりに私を心配してくれる。けれど必要以上に私の体に触れようとしない。一定間隔を必ず守っている。それはとても紳士的な行動だった。
「ええ……平気……」
まだ車に轢かれそうになった衝撃から立ち直れていない私は、それでも何とか答えて打った肩ら辺を押さえた。
「夜だからって無茶な運転するな~」とまたさっきののんびりとした口調に戻って、車が立ち去った方を見やるタナカさん。さっきの怖いまでの気迫を仕舞いこんで、今はただの酔っ払いの青年だ。
「そうね」
何となく腑に落ちない部分がたくさんあったけれど、私は車のことを気にしないようにすることにした。
だって……狙われる理由が私には分からなかったもの。
―――――
――
タナカさんは私をマンションまできちんと送り届けてくれた。と言っても私たちはお隣さん同士だし、
送るも何もないけどね。
昨日と同じ、部屋の前でそれぞれ別れようとして
「今日は楽しかった。付き合ってくれてありがとう」
タナカさんはまたへらへら笑って、手を左右ににふりふりさせている。どうやら『おやすみ』の挨拶のようだ。
私は苦笑いで、彼の部屋に促した。
「風邪ひくわよ。入って」
「分かったー。おやすみ~」間延びした返事が聞こえてきて、彼が扉の鍵穴に鍵を差し込む気配を視界の端で捉えた。
私もそれに倣って自分の部屋の鍵穴に鍵を差し込み、鍵を回した。
そのときだった。
「君は――――
いや
君こそ、どうして笑うんだ。
悲しいときは泣けばいいじゃないか」
タナカさんの低い問いかけに、思わず目を開いて彼の方を見たけれど、彼は酔っているのかもたもたと鍵を鍵穴に差し込んでいる最中だった。視界が危ういのかその手は鍵穴を捉えていない。
そんなタナカさんを眺めて目を細めると
「悲しくなどないわ。安心して?
それよりも―――本当は酔ってなどないのでしょう?
フリが下手ね」
クスッと喉の奥で笑うと、タナカさんが目を開いて鍵を差し込む手を止めた。
タナカさんは―――
ミステリアスで、
――――危険な男。
けれど危なっかしいほど、女は惹かれるものよ。
「おやすみなさい。“タナカ”さん」
私は含みのある物言いで扉を閉めた。
ユウキの待つ部屋の扉を―――



