この日は都内のデパートで買い物を済ませたあと、都内のフレンチレストランで夕食を済ませて、その足でまたケーキ屋さんに寄ってケーキを買った。今日はアップルパイ。彼が昨日のイチゴタルトをお気に召さなかったみたいだから。


あんなに好きだったのに一口も口を付けないなんて……それともやっぱり私の仕打ちに怒っているのかしら。怒りたいのはこっちの方なのに、ね。まぁいいわ。


夜21時のことでこのまま帰るのも何だかつまらなかったから、私は駅裏にあるバーで一杯飲んでいくことにした。


週二日ほど顏を出すこのバーは表通りに面している若者向けのバーとは違って、カウンターしかない店内も狭くしっとりと大人の雰囲気が気に入っている。


ゆるりとしたJAZZに、キャンドルのほのぐらい照明がゆらゆら揺れている。扉が開閉するたびに大きく揺れる炎を眺めて、いつものカクテル『エル・ディアブロ』に口を付ける。テキーラとライム、それから赤スグリの組み合わせって最高よね。誰が考案したのかしら。


上質なルビーのような蠱惑的な色に炎の光が反射して、一瞬だけ昨日タナカさんからもらった聖書の色を思い出させた。


「悔い改めよ――――か……


ねぇマスター?愛と憎しみは表裏一体だと思わない?」


グラスを持ち上げて、目の前に居る若いバーテンに声を掛ける。客は私しか居なかったから暇を持て余していたのだろう、グラスを拭く手を休めてマスターは首を傾けた。


「それって殺したいほど愛してるってことですか?」


「ちょっと違うけど、そんな感じかしらね」


意味深に笑って頬杖を付き、再びグラスを持ち上げると、その紅い輝きが一層強く揺らめいたとき、


渇いたドアベルの音と共に、一人の男が入ってきた。細身のスーツの上に上質なカシミアコート。イタリアの某有名ブランドの革靴の靴底を鳴らして


「あれ?」


男は驚いたように私の横顔に語り掛ける。


私がゆっくりと顔をそちらに向けると、同じようにゆっくりと微笑を浮かべた。


びっくりしたように目を開いて、何か言いたげな口調で口を半開きにしていた“彼”タナカさんの顏を見て


「言ったでしょう?また会えるって」


私はエル・ディアブロのグラスを傾けた。


彼の……タナカさんの視線が、また鋭くなって、まるで悪魔にでも遭遇したかのように一瞬だけ私を冷たく眺める。



エル・ディアブロ―それは赤い悪魔。