「ただいま」


私は彼に声を掛けた。


中から返事はない。当然よね。


浮気の罰として、監禁のように部屋に閉じ込めている私をさぞ恨んでいるのでしょうね。


「そんなにへそ曲げないでよ。ほら、あなたの好きなイチゴのタルト買ってきたのよ。クリームとイチゴがたっぷりなの」


私はテーブルの上にケーキの箱を取り出す。


「今日ね、お隣さんに会ったわ」


何でもないような世間話をして語りかけると、彼から何か言われた気がした。


「――――え…?そうよ、あの事故物件。だから安く住めるんですって」


私は買ってきたばかりのケーキをナイフで切り分けながらにっこり。


お気に入りのjazzをスピーカーで鳴らして、お気に入りのバカラのロックグラスにまぁるくカットした氷とスコッチを入れて、グラス片手にケーキをフォークで切り分ける。


一口タルトを口に入れると、それはほろりと口の中で崩れた。樽で熟成されたパンチの効いたスコッチとの相性も抜群だ。


「おいしい。あなたも食べたら?」


彼は俯いたままだった。


「要らないの?それよりも――――少し寒いですって?我慢して。


だって暖房入れるとクリームが溶けちゃうでしょ。あなたには最高においしいケーキを食べさせてあげたいの」


私は彼を眺めてにっこり。


「――――ねぇ聞いて。今日はじめて会ったお隣さん、なかなか素敵だったわ。どこかミステリアスなところがあってね。


――――え…?そうゆうのが好みかって?






あなたに関係ないでしょう」





私は赤いイチゴにブスリとフォークを乱暴に突き立てた。タルト生地からイチゴを引き抜くと、艶やかなそれはまるでタナカさんからもらった聖書を思わせる色をしていた。


思い出したようにバッグの中から聖書を取り出し、パラパラとめくってみると、途中で薔薇の花を象った“栞”が出てきた。


何となくそれを手にして、聖書のその場所に目を向けると





『Repent
 -悔い改めよ』マタイ福音4章17節




くすっ


私は喉の奥で笑みを漏らした。薔薇の花の栞なんて粋なこと。まぁ彼が挟んだかどうかは分からないけれど。


「何が面白いかって?彼、タナカさんよ。


想像以上に素敵な人」



また会えるかしら。


いいえ、きっと会える。







だって――――私がそう仕向けたもの。