あんなにかっこいい人に、彼女がいなかったとは思わない。

だけど実際に目の当たりにすると、やはり堪える。


明希ちゃんが付き合ってた人。

私が知らない明希ちゃんを知っている人──。


でもそこにいたのは、ふたりだけではなかった。


「明希、退院したばかりなんだから、あまりムリをするな」


「はは、心配性だな、コタは」


まるでふたりの会話を遮るように聞こえてきた、虎太郎さんの声。


虎太郎さんの存在に、ほっと安堵する。


「それに、そろそろ高垣が来るんじゃないか」


虎太郎さんの口から私の名前が飛び出し、それを合図にして美術準備室に入ろうとしたその時、明希ちゃんの声が聞こえてきた。


「えっと──コタ、高垣ってだれだっけ」


「…………っ」


まわりの世界から、音が消えていく。

私はノートを抱きしめたまま、冷たい廊下に立ち尽くした。


どうやら神様は、すべての奇跡を起こしてはくれなかったみたいだ。