〝ファン一号くん〟がいたから、私は歌うことを好きになれた。
大との間に、音楽という共通点が増えた。
人生にたったひとりの、恩人。
私の歌を聴く〝ファン一号くん〟の笑顔を思い出すと、胸の中でシュワッと炭酸が弾けるみたいで。
「また……会いたい」
ぽつりと口にしながら、ふっと頬が緩む。
あの日のお礼を言いたい。
きっと、もう二度と歌うことはできないけど。
無意識のまま頬に笑みを乗せていると、目の前の彼が私の顔をじっと見つめていることに気づいた。
美形が黙っていると、変な威圧感がある。
「……どうかしました?」
小首を傾げ、そう尋ねると。
「兄貴じゃなくて、俺じゃだめ?」
「え?」
思いがけなく真剣な彼の声音に、私は目を瞬かせ、彼を見た。
彼は、そらせないほどまっすぐに、ビー玉のような色素の薄い瞳をこちらに向けていて。
「俺、毎日ここにいるから、また明日も来てよ」
……また。
ふとした言葉が、私の胸をむんずと握りしめた。
だって、こんなふうに自分の存在を、大以外の人から求められたことなんて一度もなかったから。