ここはたしか、旧校舎の一階にある化学室の前だったはず。


イヌのキャラクターに合わせてか、いつもより高くおどけたふうに持ち上げられた声。

だけど、すぐにわかる。この声は。


「明希ちゃん……」


「明希ちゃんじゃないワン。イヌ太郎だワン」


思わずその名を口にすれば、すかさずびしっと否定のツッコミが飛んできた。


あくまでも設定を重視するらしい。

でもイヌ太郎って。可愛くない名前だ。


「ヒロちゃん、なんだか元気がないワン」


「え?」


「大くんのことで、なにかあったワン?」


……図星。

さっきまでよりも落ち着いたトーンであまりに核心をついてくる問いに、答えが見つからず言葉を詰まらせると。


「言わないでいいワン」


イヌ太郎が、体を横にぐるぐる振った。